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知の操縦法、高く高く知性は遠くへ飛んでいく

2017-02-04

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知の操縦法、高く高く知性は遠くへ飛んでいく

2017-02-04

この記事は約3分で読めます

佐藤優氏の著作はたいてい読んでいる

知の操縦法

ネット環境の充実が知的退行を促進していることに警鐘を鳴らすのが本書です。

著者は言う。

「読む力」は表現の基本だ。

「読む力」以上の「聞く力」「話す力」「書く力」を持っている人はいない。

そのために、自覚的に、意識的に、「読む力」の強化が図られなければならないのです。

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温故知新

「絶対に正しいものはある。ただし、それは複数ある」ということだ。

そのために、古典を訪ねる方法が展開されます。

目次は以下の通りとなります。

  • 第一章 いま求められている知とは何か
  • 第二章 知の枠組みを身に付ける
  • 第三章 知の系譜を知る
  • 第四章 哲学の知を生かす
  • 第五章 知の技法を培う
  • 第六章 知を実践する

ヘーゲルを読みときながら、ものを考える態度が丁寧に解説されています。

思想の型を身に付ける

まず、一人の思想の型を知り、その人の考え方ではどういうふうに物事を見ていくのかを知って、また別の人の思想の型を身に付けていく。これが正しい学知の学び方です。

物事を多元的に見るために、まずは型をひとつ、徹底的に身に付けていくのです。

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知の系譜を知る

多元的で、複線的な知を身につけるために、タテの歴史を押さえる必要を著者は説きます。

いまの学問は、古代ギリシャから続く、長い歴史の上に成り立っています。「ある」とはどういうことか、その「ある」が「わかる」とはどういうことかー存在と認識について、人間は長いこと考えてきました。

その基本的態度が「観照」であるそうです。

実験という発想ではなく、眺めるということ。

つまり、見続けるということです。

見ることの難しさは誰もが日常的に経験しているはずです。

例えば、美術館に行って、一枚の絵画を10分間眺めることは、大抵の人にとって苦痛であるはずです。

かように、見続けるという行為は困難を伴います。

ものが見えていないというフレーズが、あなたは何もわかっていないという言葉と同義であることから分かるように、見るということこそが分かるということなのでしょう。

哲学者の社会への視点をつかむ

哲学者の背景にある情熱をおさえておくと、なぜそのような文章を書いたのかという動機も分かるようになるそうです。

本書で中心的に取り上げているヘーゲルについてこう述べています。

プラトンやアリストテレスのように、哲学者は政治家のなりそこないが多く、ヘーゲルも思想で世の中を動かそうとして学者になった人なのです。

取っ掛かりができました。

今度、ヘーゲルを読んでみようかという気になりますよね。

なんだか読めそうな気がする。

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自己絶対化しないための思考法

意味がないことを明らかにする意味というのが、ヘーゲルを読むとよくわかります。

どのような視座にも立脚するまいとする視座を持ち続けることを、ヘーゲルは要求します。

であるならば、考えるという行為は延々と引き伸ばされていくしかありません。

弁証法とは未完の体系への欲望であり、終わらない音楽であるのか。

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残余の明示

「〜である」という肯定のやり方で定義していくのではなく、「〜でない」という否定を積み重ねていき、その残余を示して物事を定義していくという考え方に近いのです。

この方法論にわれわれは見覚えがあります。

小林秀雄の批評です。

フランスからの「輸入」によって、もっぱら思想の肥やしとした知性は、はからずもドイツからの「密輸」を行っていたのでしょうか。

はたまた、知性の炎が織りなす偶然の相似であるのか。

真の知とは何か

ヘーゲルは、ただ「知っている」という実体としてではなく、主体的にコミットメントする主観であってこそ真理は表記されるということを言っています。

この意味において、村上春樹は明らかに「真理」を表現することを志向しています。

その「真理」は決して光の届かない、暗くじめじめした場所にあるのかもしれません。

けれども、物語という光を当てようと彼は何度も何度も試みます。

アナロジーの技法

物事を類比的に理解していくアナロジーの技法を身につけるために、文学的な素養が必要であると著者は強調します。

他人の体験を類比的にとらえることは、生きるための知恵であるのでしょう。

われわれは生きのびるために小説を貪り食うのです。

残余の哲学

体系化する試みだけが、そこからはみ出す「外部」や「他者」といったものに光をあてることができうるのでしょう。

残余だけを狙いすまし、目の前に差し出すことなど誰にもできはしません。

体系化の意思だけが、残余の在り処を指し示すことを可能とします。

その意味で、ヘーゲルは「残余の哲学者」といいえるでしょう。

本書はヘーゲルの「精神現象学」をとりあげながら、ヘーゲルの思考とヘーゲルのようにアプローチする思考方法を同時に読者に提供する曲芸飛行を実現しています。

知の操縦法の作者は類まれなる知のパイロットであったのです。

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