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「リウーを待ちながら」不条理に抗い続ける誠意

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2020年以前の医療サスペンスマンガが描き出すアウトブレイク

本作は、2017年から18年にかけて発表された朱戸アオ氏による医療サスペンスマンガ(全3巻)です。

富士山麓の架空の都市である横走市を舞台に、ペストの脅威と戦う女性医師、玉木涼穂を主人公とする物語となります。

新型コロナウイルス感染症が猛威を奮っていなければ、私自身おそらく本書を手にとることはなかったと思います。

もしも、2020年以前にこの作品に触れていたのならば、ここに書く内容は当然に違っていたはずです。

以下、内容に言及しますので、あらかじめご了承ください。




タイトルの意味

本作の題名である「リウーを待ちながら」とは、次の二つの作品にちなんで名付けられたタイトルであると思われます。

アルベール・カミュの小説「ペスト」とサミュエル・ベケットの戯曲「ゴドーを待ちながら」です。

リウーとは小説「ペスト」に登場する主人公の医師の名前です。

玉木の僚友となり共に戦う、疫研の研究者(医師)である原神は、かつて「ペスト」を読み、感動した経験を持ちます。

昔読んで感動してね
それに出てくる先生みたいになりたかったけど
僕には無理だった
だからずっと待ってるんだよ
その先生を

第二巻

このセリフの背景には、玉木が疲れ切って医療現場で横になって眠る姿が描かれています。

このことから、リウーとは玉木であり、タイトルは「決して諦めないドクターを待ち望んでいる」という意味にとることが自然な態度であるのでしょう。

これに加えて、別の意味も含まれています。

パドーのアイコン画像パドー

わざわざ「ゴドーを待ちながら」からも引用されていることを思い出して下さい。

不条理文学と不条理演劇を代表する「ペスト」と「ゴドーを待ちながら」に描かれているのは、言うまでもなく「不条理それ自体」です。

不条理とはなんでしょうか。

一般的には、理屈が通らない、道理に反している状態を指し、絶望的な状況や現界状況を表します。

本作に即すならば、

どうにもならないとわかっていながら、どうにかしなくてはならないと行動し続ける状態です。

「ゴドーを待ちながら」という戯曲の登場が二十世紀文化に衝撃を与えたのは、演劇でありながら、何も起こらないその革新性でした。

「ゴドー」を待つ人物たちが延々とおしゃべりを続けるだけで、最後までゴドーは現れません。

つまり、彼らには何も起こらず、どこにも行けない宙吊りの状態が永遠に続くのです。

不条理演劇の代表作と言われる所以です。

作者が「リウー」という言葉に込めたもうひとつの意味は、おそらく「奇跡」でしょう。

奇跡が決して起こらないことをわかっていながら、奇跡を待ち続けざるを得ない地点で、医療従事者は戦います。

彼らの「戦場」では絶望という罠がいつでも口を開けて待ち構えているのです。

作者は「ペスト」から次のような警句を引用します。

・・・絶望に・・・
「絶望に慣れることは絶望そのものよりもさらに悪いのである」

第二巻

絶望すらも禁じられた状態を不条理と呼ばずしてなんと呼べばいいのでしょうか。

子供の頃に医師であった父親から「希望を持ちすぎるな。世界に期待しちゃいけない」と言われた過去を玉木は回想します。医療の現場で「現実」を嫌というほど見てきた男の言葉が絶望感と無縁であることは言うまでもないでしょう。ここで語られているのは、命に対する「ギリギリの誠意」に他なりません。




絶望に抗い続ける誠意

玉木と原神は次のような会話を交わします。

嵐がすぎ去るのを何もできずに見ているだけよ・・・
嵐の中で小屋ぐらい建てたさ
すぐ吹き飛んだかもしれないけどね
あなたはいつも前向きね

第三巻

自らの格闘(医療行為・施策)を総括する上記の言葉は医療の限界を正確に認識した科学的態度から発せられています。

亡くなった看護師の娘である高校生の潤月の快癒を神頼みする参拝のシーンにおいて、手を合わすことを拒絶する玉木に原神は問いただします。

お参りしないの?
・・・うん・・・
やめとく・・・
なんか・・・
私は祈っちゃダメな気がする
医者だから神頼みはしない?
いえ・・・
そういう事じゃなくて・・・
祈ると敗北を認める事になる?
いいえ・・・
敗北はずっとしているわ・・・
そうでしょ?
でも・・・
敗北をできているだけいいのかも・・・
戦わなきゃ負けられないものね
負けるのも無理になったら
また来るわ

第三巻

救えなかった命の数だけ敗北は積み重ねられていきますが、敗北と口にすることができる者は戦いを諦めない者であることもまたひとつの真実でしょう。

負けるとわかっている戦いを闘うことは誠実さのみが可能とします。

そのような誠意とは、患者の命に対する畏怖であると同時に、自らの命に対する畏怖でもあるはずです。

作者は、「ペスト」のリウー医師の次のような言葉を引用します。

「こんな考え方はあるいは笑われるかもしれませんが、しかしペストと戦う、唯一の方法は、誠実さということです。」

第二巻

負ける戦いを強いられる状況は、不条理の世界そのものです。

しかしながら、

「負けるのも無理になる」までは、人は「誠実さ」を武器に戦い続けることができます。

多くの犠牲と偶然と格闘と幸運のおかげにより、感染拡大は終息し、生活は平常を取り戻します。

これを「勝利」と呼ぶには、あまりにも多くのものをなかったことにするしかないのでしょう。

不条理の上に築き上げられたこの「偉大なる敗北の記録」を「今」読まないことは、ある意味「不誠実」であるのかもしれません。

ある町を知るのに手頃な一つの方法は、人々がそこでいかに働き、いかに愛し、いかに死ぬかを調べることである。「ペスト」

第三巻

機会があれば、ぜひ手にとってみてください。

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