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「ブルーピリオド」天才を超えてしまう存在とは

2020 5/28
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好きなことは趣味でいいは、大人の発想なのだ

2020マンガ大賞を受賞した本作は、東京藝術大学への入学を目指す主人公の男子高校生、矢口八虎(やぐちやとら)を中心にアートの世界を描く物語となります。

若者から圧倒的な支持を受けている連載中の人気マンガです。

作者の山口つばさ氏も藝大出身です。

音楽の世界を描くマンガは多いですが、美術大学の受験や美術予備校を取り扱うマンガは珍しく、そのために新鮮な感動を読者に与え続けています。

以下、内容について言及しますので、あらかじめご了承ください。

主人公の矢口八虎と友人の鮎川龍二という二人の名前を耳にして、ピンときた方も多いと思います。おそらく、矢口高雄氏の名作「釣りキチ三平」の作者自身と登場人物のひとり鮎川魚神に因んだ命名だと思われます。




ブルーピリオド

タイトルである「ブルーピリオド」とは、画家のパブロ・ピカソの青春時代の作風である「青の時代」を指しています。

同時に、この言葉は、まだ何者でもない、何も成し遂げていない若さ特有の不安や孤独を表現する場合に使用される言葉でもあります。




虎と龍

主人公の矢口八虎は、空気を読むことが上手く、ある種の諦念と共に学校生活を卒なくエンジョイしている高校二年生です。

友人の鮎川龍二に勧誘され、偶然に美術部に入部することとなります。

些細なきっかけから、自分が好きと思えること(絵を描くこと)の尻尾をつかみ、藝大受験を決意するのです。

自分には才能がないとの自覚を出発点としている八虎は、どんどん描くことへの興味が加速していき、描くこと自体が楽しくなります。

もちろん、描くことの畏れや苦悩を経験しますが、彼の「好きという気持ち」は膨らむばかりです。

一方、龍二は、自分自身の好きに確信が持てません。

というのも、目指している日本画科への入学についても、家庭の中で唯一の味方である祖母の希望に従っているからにすぎず、どうしても日本画を描きたいというわけではないからです。

煮え切らない感情と向き合った末に受験の土壇場で、彼は自分を誤魔化しきれず、受験を放棄します。

八虎が美術に目覚めるきっかを与えたひとりである美術部の森先輩は、彼に控えめにアドバイスします。

あなたが青く見えるなら りんごもうさぎの体も青くていいんだよ

ここで語られているのは、アートは自由でいいという助言とは似て非なるものです。

好きなことを続けたいのならば、自分を好きになる、つまり自分を肯定しなければならない決意を持てという覚悟を迫っているのでしょう。

彼女の言葉をきっかに、彼はもう一段高い次元で描くことに踏み込んでいくこととなります。

自分の好きに真摯に向き合い始めます。

最強の者とは

美術予備校で出会う高橋世田介の圧倒的な才能に、八虎は純粋な憧れを抱きます。

彼は絵画の才能に恵まれた天才です。

天才とは、神に愛された才能を持つ選ばれた人間です。

一方、八虎は、描くことに情熱を注ぎ込むことを惜しまない凡庸な才能の持ち主です。

美術部への入部に逡巡する八虎は、顧問から次のような言葉を浴びせられたあとに、入部を決意します。

でも好きなことをする努力家はね 最強なんですよ!

このセリフに本作のテーマが端的に表現されています。

アートの世界は才能が全面的にものをいう世界です。

このような世界においては、才能に恵まれた者、つまり天才は圧倒的に有利であり、王様です。

しかしながら、作者の山口さんは違う答えを用意しました。

アートの世界も競争世界であるのならば、強いものが生き残る。

つまり、最強の者が最後までリングの上に立っている理屈が成立する世界なのです。

でも好きなことをする努力家はね 最強なんですよ!

天才が最強であるか否かは、彼(彼女)が努力を続けるのか、好きなことであることの確信を持てているのか否かの十分条件次第となります。

天才に勝てる可能性があるとするのならば、それは自分が好きなことを、自分を信じ切りながら努力を続けられる者だけなのだというメッセージは、天才性とは無縁の我々の多くに、希望と勇気を与えてくれるのです。

天才高橋の名前が世田介であることは示唆的です。世田介を組み合わせると「世界」となります。彼は世界そのもの、つまりアートの世界を象徴する一種のボスキャラなのでしょう。

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