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「かくかくしかじか」生き延びるためのレッスン

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人気漫画家の自伝的物語は、なぜこれほどまでに我々を引きつけるのか

本作は、「東京タラレバ娘」や「海月姫」などヒット作を多数もつ売れっ子漫画家である東村アキコ氏の自伝的マンガです。全五巻完結、第8回マンガ大賞(2015年)受賞作となります。

美大受験のために通った絵画教室の先生との日々を中心に物語は展開します。

ここに描かれている、絵の指導者であり人生の恩師である日高健三先生との思い出はとてもユニークであり、ページをめくる指が止まりません。

地元宮崎県での高校生活から売れっ子漫画家になるまでの時間が、先生との複雑な関わりを軸に鮮やかに切り取られている傑作です。

以下、内容に言及しますので、あらかじめご了承ください。




漫画家誕生

本作は、主人公の林明子(作者本人)が漫画家を目指し、漫画家となった戦いの記録です。

テーマは、今現在、作者が漫画を描いている理由となります。

大学生になっても大人になっても漫画家になっても
私はずっとずっとここに通い続けて
私の恩師である日高健三先生とたくさんの時間を過ごした
あの日から早20年
かくかくしかじかこういう理由で私は今 漫画を描いています

第一巻

作者は描く理由をあなたには明示しません。

それらしい理由はいくらでも後付けしたり、捏造できたりするにもかかわらず、そのような「安直」を用意しないのです。

絵を描くこと、あるいは漫画を描くことに、彼女は逡巡し、葛藤し、悩み苦しみ、時々恍惚感を得ます。

描きたいから描いているという、先生のような「野生の思考」とは彼女は無縁なのです。

描くための理由など不必要な先生には、描くための理由を探しさまよう明子の気持ちは想像できないでしょう。

描く理由(動機)を見失い、筆が止まる明子に先生は言います。

「描け」

「いいから描けーッ」と問答無用に命じるのです。

そのブレない信念に背中を何度も押されながら、彼女は描くことを何度も試みます。

彼女にとって、描くことは決して必然でも、宿命でもありません。

自分の置かれた状況や立場に押し流されながら、彼女は描くことから逃げながら、同時に描くことに救われます。

漫画家の誕生する瞬間と過程がアンチクライマックスなトーンによってどこまでもクールに描写されます。

どの巻も素晴らしいクオリティーですが、私は「第1巻」が一番好きです。特に、教室で出会う推定年齢8歳と6歳の「よし子とたかし」姉弟のシーン(魚の骨をデッサンさせられている)は絶品です。




あまりにクレバーな

自伝的要素が強い本作は、ある意味「私小説」であると言えます。

私小説の定義は星の数ほどありますが、私は次のようにひとまず理解します。

「わたくし」を徹底し「普遍」に至る小説

日本の漫画の質の高さは海外でも知れ渡っていますが、特に一部の女性漫画家の描く世界観は圧倒的な豊穣さを持っています。

ひと頃、女性の特性を「子宮で考える」という何も言っていないと等しい用語を振りかざす評論が散見されましたが、当然に彼女たちはそのような戯言とは無関係です。

彼女たちは、考え抜きます。

感性や感情といったぼんやりとした抽象を退け、徹底的に考え抜きます。

絞り出された考察だけが、彼女たちの「画」と「言葉」を構成しているのです。

本作「かくかくしかじか」も例外ではありません。

直ちに同種の作品をあげるならば、次のようなラインナップとなるでしょうか。

吉田秋生氏の「海街diary」

羽海野チカ氏の「3月のライオン」

柴門ふみ氏の「P.S.元気です、俊平」

高野文子氏の「絶対安全剃刀」

個人的経験であろうが、創作の賜物であろうが、これらの作品が炙り出すのは、極私的日常の光と影に他なりません。

非日常的要素が排除された、あなたの、わたしの物語でありエピソードには身に覚えがあることでしょう。

平凡な人生のアクセント程度の小波がいくつも丹念に描かれます。

毎日の出来事の真ん中で、何に心ひかれ、何に落ち込み、何に励まされたのかが淡々と表現されているのです。

このような極私的日常の連鎖や積み重ねは、やがてあなたをあなたの人生を突き抜けて「人生」そのものに触れさせてしまうことでしょう。

それを真理や恒久と名付けるのはあなたの勝手かもしれません。

優れた知性は、誰かの人生をあなたの人生にすり替え、「人生」という札をつけてしまうのです。

生き延びるためのレッスン

日高先生のレッスンは徹頭徹尾、実技的であり、実際的な代物です。

間違っても、そこには人生訓や思想は混入していません。

しかしながら、スパルタな方法論に精神論を見てとってしまう者は、直ちにこの教室を去ります。

明子は結果として、この場所に8年間通い続けることとなります。

最後には不義理をしてしまう主人公に作者は言い訳も同情も開き直りさえも用意しません。

冷徹な距離感を差し出しながら、あくまで読者を客観性の淵に留めようとします。

ある種の理不尽さも帯びていた一連のレッスンは、結果として、生き延びるための「訓練」であったと言い得ます。

  • 美大に合格するために
  • 夢を諦めないために
  • 漫画家として生き残るために
  • 人生と向き合うために
  • 「わたくし」の人生を生き延びるために

明子の先生に対する思いは、感謝や恩義をベースとしながらも、複合的な感情と言わざるを得ません。

彼女は先生との時間の過ごし方を後悔しますが、先生がそのような後悔を微塵も気にかけないであろうことも明瞭に理解しています。

彼女(作者)はどこまでも「描く人生」に対して明晰です。

自分は先生とは異なる人種であり、決して先生にはなれないことをわかっています。

描くことの意味をまさぐることは、描くこととはまったく無関係です。

描く者は、描き続けるかぎり、描く者でありえる。

描くことにおいて、動機や目的の欠落(不在)は不自然でもなんでもないのです。

長い時間を経て、彼女は理解します。

レッスンを通して教えてくれたたったひとつのことに。

だって描くしかないじゃん

第5巻

本作を読み終えて直ちに思い出したのは、金井美恵子の「書くことのはじまりにむかって」です。書く(描く)ことの困難と恍惚がこれほど表現されているマンガを他には知りません。

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