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「聖の青春」と「3月のライオン」が暴き出す傷とは

2018-11-23

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「聖の青春」と「3月のライオン」が暴き出す傷とは

2018-11-23

この記事は約5分で読めます

生きるということは傷をつくるということであるか

少しばかり前になりますが、

小説や漫画を原作として将棋を中心に据えた映画が2本制作されました。

「聖の青春」と「3月のライオン」

いずれも原作を活かしきった見ごたえのある作品です。

将棋の物語は駄作がないと誰かが言っていましたが、

全くそのとおりだと思います。

ご参考までに

ジェネオン ユニバーサル エンターテ

「聖の青春」と「3月のライオン」には、

スクリーン上に、これでもかというぐらいに、生きることの辛さや寂しさが横溢しています。

しかしながら、

ただの悲惨な物語というわけではもちろんありません。

見終わったあとに、心に火が灯ります。

でも、

その火は少しばかり傷がついているかのように揺らいでいます。

本日は、この良作を観終わって、

「痛み」についてあらためて考えてみましたので、そのことについて以下に述べます。

内容に言及しますので、あらかじめご了承ください。

 

3月のライオン公式サイトはこちら

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勝負事の世界

試合であろうと、試験であろうと、

人が人と競うときに、人は眼の前の相手と戦っているのではなく、

自分自身と闘っていると、よく言われます。

あなたも、そのような瞬間を一度は経験したことがあると思います。

このような自分との闘いが、

純度を増して結晶化する競技の代表格に将棋があると言えるでしょう。

あからさまに血が流れるわけでもないのに、

将棋が群を抜いて残酷であるのは、

自分の弱さをリアルタイムで可視化され、

そこから逃げることができないところにあります。

傷ついている自分を傷つけているのは自分自身の手にほかならないという、自傷の極北の住人。

それが棋士です。

ご参考までに

傷つく人生

事実を基にして描かれている「聖の青春」においても、

フィクションである「3月のライオン」においても、

傷ついている人間、傷を抱える人間、傷つけざるをえない人間がたくさん登場します。

というか、そうでない人間を探すほうが難しいぐらいです。

人生が簡単でないのは、

傷ついている人間は全くの被害者ではなく、

その人もまた、誰かの傷を作っているということです。

生きるということは、傷をつくるということなのでしょう。

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死と痛み

実のところ、死は想像するしかない代物です。

なぜなら、

あなたが知っている、あるいは感じることのできる死は常に「他人の死」であるからです。

自分の死を知ったあとに、生きることは誰にもできはしません。

死は、

生きている者にとって普遍的でありながら、

どこまで言っても、

個別的でしかないのです。

これと同様のことが「痛み」にも言えます。

自分の痛みをありのままに他人に伝えることは誰にもできません。

なぜなら、

その痛みは、徹頭徹尾、個に属する痛みであるのだから。

その痛みの質と量は、自分の経験から類推することでしか、

あなたは理解することができないのだから。

こころの痛みであろうが、

切って血の出る痛みであろうが、

あなたはその痛みを想像(類推)することでしか、

その人自身にアプローチすることができないのです。

ご参考までに

「傷」が露呈する

傷の生々しさが露呈する場面の代表的シーンは次の2つです。

「聖の青春」からは、

聖の弟弟子である才能に乏しい江川が年齢制限により奨励会を退会させられ、飲み会のあとに大荒れしてしまう場面です。

長回しの最後にセリフ無しの江川の姿が映しだされています。

が、あなたの瞳に映るのはおそらく人間の姿を借りた「傷」だけでしょう。

俳優染谷将太の力量に支えられた屈指のシーンです。

「3月のライオン」からは、

入院中の妻の死に目に遭えなかったA級棋士の後藤がトイレで号泣する場面です。

短いカットであり、俯瞰であるために背中を中心に映し出されています。

が、あなたは「傷」の死屍累々をただただ目にするばかりであるために狼狽えるだけかもしれません。

俳優伊藤英明の抑えに抑えた演技が光ります。

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他者の傷。他者の痛み

他人が傷ついていることが、分かる場合もあれば、そうでない場合もあります。

それは人生の日常茶飯事です。

たとえ傷ついている人の隣にいたとしても、

あなたはその痛みを想像(類推)するしかありません。

ゆえに、人は決してわかり合えないだとか、

人生は孤独であるという陳腐な結論を

これらの将棋の物語は押し付けません。

ただ、

生きるということは、傷をつくるということをたんたんと提示するだけなのです。

傷ついている自分を傷つけているのは他者の手ではなく自分自身の手にほかならない。

言い換えるのならば、

生きている限り、

他者の手は自分の手であるということをこれらの映画は教えてくれます。

主人公である聖も零も人並み以上に傷だらけの人生を送っています。

けれども、

彼らもまた多くの傷をつくり、自分にも他人にも送付してきたことが描かれているのです。

傷つけたり、傷つけられたりなのだから、お互い様であるというような、安易な落とし所などいささかも語られてはいません。

典型的な悲劇的ストーリーを借用しながら、陳腐な結論に回収されない巧妙な演出が随所に認められます。

機会があれば、ぜひ「傷の生まれる瞬間」をあなたの目で確かめてみてはいかがでしょうか。

良作です。

メモ

「3月のライオン」における川本あかり役の倉科カナとプロ棋士島田役の佐々木蔵之介、そして「聖の青春」の羽生善治役の東出昌大は本当にピッタリのはまり役です。

原作もぜひ御覧ください

 

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