ファッション界の反逆児と呼ばれた男の40年の生涯
1時間51分にまとめられたこのドキュメンタリーを観終わった後に、あなたはマックイーンに関する知識が増えただけで、もしかすると彼自身についていささかも理解が進まなかったかもしれません。
ドキュメンタリーは常に嘘をつきます。
本物を素材にしているにも関わらず、そこには本当のことの全てが顕になっていないからです。
作品とは編集行為を避けては通れません。
編集する限り、編集者はある視点(立場)を取らざるを得ないのです。
したがって、
ひとつの視点が特権的に選ばれる背後で、それ以外の視点は闇に葬りさられます。
この意味において、
ドキュメンタリーは「嘘」であると言わざるを得ないわけですが、一方で真実に対して一筋の光を当てることだけは否定できません。
そのような覚悟で本作に向き合うのならば、マックイーンはあなたに「何か」を囁くことでしょう。
本作の構成
本作は、全部で5つのパートに分かれています。
23歳のデザイナーとしてのスタートから最後のショーまでの17年間となります。
- 獲物を狙う
- 切り裂きジャック ハイランド
- レイプ そこはジャングルだ ヴォス
- プラトンのアトランティス島
芸術家の一生
大衆は、分かりの良い物語を常に欲しています。
ゆえに、
編集はそのような欲望に知らず知らずのうちに忠実であろうとするのでしょう。
イギリスの労働者階級出身の若者がファッションの本場パリで成功を収め、自らの才能を浪費し、駆け抜けていったという物語として彼の短い生涯は回収されています。
自らのブランドを維持するために、大資本と契約し、年に十数本のコレクションを展開することは狂気の沙汰であり、オーバーワーク以外の何ものでもありません。
彼特有の「死への傾斜」は、そのデザイン性やコレクションのコンセプトに如実に反映され、加速度を増しますが、刺激的な彼の主張は当然に賛否を巻き起こします。
デビュー当時に売名を主眼においたマックイーン風は、刺激をより求めるモード界の暗黙の要請によって、その過激さを拡張していくのです。
彼にとってファッションとは
子供の頃から大変興味があった服飾。
その道で生活の糧をえようという考えはどこまでも自然で、実際に才能に恵まれてもいました。
彼にとって、デザインとは、ファッションとは、といった本質的で原理的な「問い」はフィルムの中では質されてはいません。
このフィルムから辛うじてわかることは、彼が裁縫が好きでたまらないという職人気質の塊であったということだけです。
おそらく、
ファッションとは彼が外部と意思疎通するためのもっとも効率的な手段であったのでしょう。
彼のコレクションは徹頭徹尾、私的であり、コンセプチャルな代物です。
ゆえに、
マックイーンにとって、ファッションとは自己表現(自己主張)そのものと捉えられがちですが、案外に彼は主張に対して重きを置いていなかったように思われます。
最愛の二人
彼には最大の理解者が二人いました。
- 英国を代表するエディターのイザベラ・ブロウ
- 母親のジョイス
イザベラはマックイーンの才能を最も早く見出した、商業的成功の大貢献者です。
母親のジョイスを殊の外、彼が愛していたこと、慕っていたことは有名な話です。
その二人がこの世を去ります。
2007年にイザベラは自殺します。
2010年にジョイスが亡くなります。
ジョイスの葬儀の前日、マックイーンは自らの命を断ちます。
享年40歳。
生きる意味・死ぬ意味
最愛の人に対する自己表出の手段がファッションであったわけですから、
届けるべき相手がこの世にいなくなったのであるならば、
デザインをする意味も、生きている理由も、彼の中では消え去ってしまったはずです。
彼のデザインは世の中で言われているほどに退廃色が強過ぎるとは思えません。
もちろん、
そこには健康美は見当たりませんが、死の腐臭が立ち込めているというわけでもないのです。
おそらく、
彼のデザインの奥底に、最愛の人への思いが流れていたからなのでしょう。
そのことが彼のファッションを「親密なもの」にしている理由にきっと違いありません。