「哲学する」ことをビジネスパーソンのあなたにも身近にしてくれる現代の「哲学書」
ビジネス書の世界では著名な酒井譲氏の今回の著作は、なんとも刺激的なタイトルです。
わたしが酒井氏の著作に出会ったのは、ベストセラーである「はじめての課長の教科書」でした。
出版から10年以上経過した今日においても読まれ続ける名著です。
その後、多くの著作を上梓されていますが、その大部分はビジネス周りの本であり、本書のように真正面から哲学について取り上げているものはなかったと記憶します。
物珍しさと懐かしさが勝り、今回手にとった次第です。
自己啓発ビジネスの否定
酒井さんは、自己啓発それ自体を否定はしていません。
「自らの意志に基づき勉強すること」を根本とする自己啓発の本来の考え方の必要性は十分に認めています。
それとは似て非なる自己啓発ビジネスに抵抗感を持っているのです。
本書は、そうした本来の意味における自己啓発をはずれてしまっている、現代の日本における自己啓発ブームに警鐘を鳴らすものです。
自己啓発ビジネスとは、歴史のある貧困ビジネスの一種といえます。
貧困に怯える人たちが多いほど、儲かるスキームです。
したがって、
自己啓発に救いを求めようとする人たちは、貧困にあえいでいる、もしくは貧困に怯えている人であります。
現代日本において自己啓発に救いを求めやすい人の属性として、
- 大卒男性
- 正社員
- 体育会系
という調査結果が出ているようです。
あなたも意外に思われたのではないでしょうか?
なぜなら、大卒、男性、正社員、体育会系という属性は、日本の大企業に勤務する人の特徴であり、貧困とは無縁に思えるからです。
大企業に勤めるビジネスパーソンでさえ、貧困の危機、貧困への転落の危機に怯えているのがこの国の現状です。
日本のビジネスパーソンの脆弱極まりない立場が象徴的に映し出されているといえば、言い過ぎになるでしょうか。
このような怯えや焦りが、自己啓発ビジネスの「カモ」へと自らを転落させてしまうのかもしれません。
著者の願いとは
本書が書かれた理由は、著者の友人の一人が自己啓発の世界から戻ってこれなくなったからだそうです。
偶然にも、本書の編集者も同様の経験をされました。
ある意味、本書の出版は必然であったのかもしれません。
少しでも自己啓発の犠牲になる人が減ることを願って、そして、私たちの友人が自己啓発の世界から戻ってくることに少しだけの希望を持って、本書は執筆されています。
適度な距離を保つために
私自身、自己啓発本を敬遠はしていません。
標準的よりもむしろ多く読む方だと自己認識しています。
なにかヒントはないだろうかという思いで、毎度ページをめくっています。
内容は、やはりピンきりです。
ためになるものもあれば、時間の無駄も少なくありません。
大抵の本の内容は、どこかの本で読んだことのある内容の焼き直しといっても言い過ぎではないでしょう。
それでも、もしかして、なにか新しいヒントがという思いが書店に走らせたり、アマゾンでポチらせたりするのです。
逆説的ですが、少なからぬ自己啓発には、お手軽な方法で元気になれるサプリメント的な意味があります。
性格も影響していますが、わたしの場合は自己啓発(本)にハマるという経験をもちませんでした。
適度な距離感で接しています。
そうした適度な距離を取るために必要なのは、哲学だと考えています。
哲学と自己啓発は表裏の関係にある
著者の哲学についての定義は次のようになります。
哲学とは、真実を(科学的な技法によって)明らかにしていくときの態度を示したものです。
もちろん、科学や科学的態度を絶対視しているわけではありません。
科学は万能ではなく、高度な科学教育を受けていたとしても、自己啓発の世界の住人は跡を絶ちません。
著者は、哲学と自己啓発は表裏の関係にあると言います。
ゆえに、
酒井氏は自己啓発に傾倒する者は哲学の素養もあると期待しているのです。
藁をつかまないようにするために
人は悲しみに襲われているとき、苦悩の真っ只中にいるときに、
そこから一刻も早く逃げ出したい一心から慎重さを失い、藁をつかみます。
それが全くの気休めであり、役に立たないものであることは明らかでしょう。
自己啓発ビジネスとは、溺れる者に藁を売る商売です。
悲しいことや苦しいことを克服する本当の道として哲学があることを本書はテーマとしているのです。
答えを自分の内側に求める人が藁をつかみ、答えを自分の外側に求める人には哲学という救済の可能性があるということです。
他者の環境になるということ
多数の自己啓発本においてよく聞くフレーズに、
過去と他者は変えることができないが、未来と自分は変えることができる。
というものがあります。
あなたも一度くらいは聞いたことがあるでしょう。
「他者は変えることができないが、自分は変えることができる」については嘘であると酒井さんは断言します。
正確には「私たちは自分を変えることはできないが、それと意図せずに、他者であれば変えることができる」というのが真実です。
つまり、
現在のわたし(あなた)を作ったのは、そうしようと意図しない他者の存在であるはずです。
それは、ほぼ偶然の出会い、すなわち運によることころが大きいでしょう。
このことは、わたし(あなた)に対しても同様にあてはまります。
私も(あなたも)また、他の誰かの環境として、他の誰かを変えてきたとは言えはしないでしょうか。
これが哲学的態度であることは今更言うまでもありません。
本書の存在が、あなたの環境の一部として、あなたの中のなにかを変えることに貢献できたなら、著者として、これ以上の幸せはありません。
あなた自身を変えるたいのなら、逆説的ですが、あなたはもっともっとあなた以外の誰かと関わらざるを得ないのです。
内側に「解」はなく、外側に求めなければなりません。
哲学的思考をくぐり抜けた後の酒井さんのビジネス書が大変に楽しみです。
それは、きっと、あなたの(わたしの)環境の一部になるに違いありません。

