バラク・オバマが唸った圧倒的なスケール&エンターテイメント作品
この小説は、中国山西省出身の作家、劉慈欣氏が2008年に単行本として発表したSF小説です。
「紙の動物園」などの著作がある中国系アメリカ人の人気作家ケン・リュウ氏によって、2014年に翻訳され、2015年にヒューゴー賞長編小説部門賞を受賞しました。
日本語版は2019年の7月に早川書房より出版され、瞬く間にベストセラーとなりました。
実は「三体」はシリーズものの第1作となります。
2作目は「黒暗森林」、3作目は「死神永生」と続きますが、「三体」以外の翻訳版は未刊です。
とにかく発刊が待ち遠おしいです。
私は、中国語を理解しないために、原語との比較による日本語訳の素晴らしさを語る力を正確に持ち合わせません。
しかしながら、
一読者として小説を読み終えた今、圧倒的な物語の豊穣さを余すことなく的確に表現しているということぐらいは直感的にわかります。

素晴らしい翻訳です。
本作は中国本国においても、概ね高評価を得ているものの、中には「文章力に欠ける」などの辛辣な評価もあるようです。
仮にそのような評価に一定程度の妥当性があったとしても、日本語版には当てはまりはしないでしょう。
それほどまでに、あまりに魅力的な翻訳です。
以下、内容に言及致しますので、あらかじめご了承ください。
どのような小説なのか
翻訳者のひとりである大森望氏は次のように述べています。
小説のテーマは、異星文明とのファーストコンタクト。
カール・セーガンの「コンタクト」とアーサー・C・クラーク「幼年期の終り」と小松左京「果てしなき流れの果てに」をいっしょにしたような、超弩級の本格SFである。
あからさまな暴力描写や性的興奮の惹起を目的とした猥雑さとは無縁であるクールな記述が進みます。
極めて科学的な説明が展開されながらも、無味乾燥な風が文体の上を吹くことは決してありません。
血管の中に血液ではなく、消毒液が流れているような、静謐な文章が続くばかりなのです。

脳がリンスをしてもらったような読後感
あらすじ
以下、アマゾンに載っている解説の引用となります。
物理学者の父を文化大革命で惨殺され、人類に絶望した中国人エリート女性科学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)。失意の日々を過ごす彼女は、ある日、巨大パラボラアンテナを備える謎めいた軍事基地にスカウトされる。そこでは、人類の運命を左右するかもしれないプロジェクトが、極秘裏に進行していた。
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数十年後。ナノテク素材の研究者・汪淼(ワン・ミャオ)は、ある会議に招集され、世界的な科学者が次々に自殺している事実を告げられる。その陰に見え隠れする学術団体〈科学フロンティア〉への潜入を引き受けた彼を、科学的にありえない怪現象〈ゴースト・カウントダウン〉が襲う。そして汪淼が入り込む、三つの太陽を持つ異星を舞台にしたVRゲーム『三体』の驚くべき真実とは?
タイトルの「三体」とは、天体力学上の「三体問題」に由来して名付けられたタイトルとなります。
「三体問題」とは、3つの天体が互いに引力を及ぼし合いながら、どのように運動するのかを証明する問題であり、一般解がないことが証明されています。但し、特殊解は存在するようです。
小説のタイトルである「三体」とは、3つの太陽を意味します。
つまり、
本書は、3つの太陽を持つ惑星の文明と地球文明とのコンタクトが主テーマとなる小説なのです。
日本語訳について
大森望氏によると、
早川書房が翻訳権を獲得した時点で、光吉さくら氏とワン・チャイ氏の共訳による日本語訳が存在していました。
この翻訳原稿を基にして、現代SFらしくリライトするというフィニッシュ・ワークが大森氏の役目であったようです。
いざ日本語訳ファイルをもとに改稿しはじめると、手直し程度では済まなくなり、けっきょく全面的に(ほぼすべての行にわたって)訳し直すことになった。監修や監訳ではなく訳者としてクレジットされているのはこのため。
最終的に、(いい悪いは別にして)全体の八割以上は大森の訳文になっていると思う。

何度も言いますが翻訳がとにかくいいです。
不自然さは一切なく、そればかりか、仰々しい表現も抑えられており、文章の「温度」が適温で、読みやすいこと、この上ないのです。
三体という名のVRオンラインゲーム
小説の中盤で「三体」という名のVRオンラインゲームに関する描写が続きます。
このゲームが物語においてどのような位置付けとなるかは実際に読んでみてください。
ここでは詳細に触れませんが、このゲーム内で起こる出来事の記述がめっぽう面白いです。
「きみの語ることが真実なら、焼死はまぬがれるだろう。ゲームは、正しい道を歩む者に褒美を与えるからな」アリストテレスが邪悪な笑みを浮かべ、銀色に輝くジッポーのライターをとりだすと、空中で鮮やかに手を動かしてキャップを開け、フリント・ホイールをこすって火をつけた。
本作は、冒頭に文化大革命のエピソードが書かれていますが、物語上の必然性は認めるものの、正直、退屈なパートです。
そのような退屈さも、あえての前振りであったかと言わんばかりの、このゲームに関するパートの面白さは本書の大きな魅力であると言えるでしょう。
SFの凄み、物語の面白さを堪能しよう
大森氏は言いいます。
この圧倒的なスケール感と有無を言わせぬリーダビリティは、ひさしく忘れていたSFの原初的な興奮をたっぷり味合わせてくれる。たとえて言えば、山田正紀「神狩り」やジェイムズ・P・ホーガン「星を継ぐもの」を初めて読んだときのようなわくわく感。
物語に耽溺し、撃沈されたい方は、ぜひ「三体」を手にとってみてはいかがでしょうか。

