第92回アカデミー賞脚色賞を受賞した戦時下の物語
2019年に公開されたタイカ・ワイティティ監督作品である本作は、第44回トロント国際映画祭において観客賞を受賞し、第92回アカデミー賞の脚色賞にも輝いた大変評価の高い作品です。
ナチズムに対しての従来とは異なる切り取り方ゆえに、好意的でない批評も一部見られます。
けれども、完成度の高さと隙のない演出は、紛れもなく監督の才能の豊さを示していることは否定できないでしょう(監督自身がアドルフ役を演じています)。
メリハリのある展開やラストの心地よい余韻と言い、一級のエンターテインメント作品です。
以下、内容に言及しますので、あらかじめご了承ください。
あらすじ
以下、公式サイトより引用します。
第二次世界大戦下のドイツ。10歳の少年ジョジョは、空想上の友達であるアドルフ・ヒトラーの助けを借りて、青少年集団ヒトラーユーゲントの立派な兵士になろうと奮闘していた。しかし、心優しいジョジョは、訓練でウサギを殺すことができず、教官から〈ジョジョ・ラビット〉という不名誉なあだ名をつけられる。そんな中、ジョジョは母親と二人で暮らす家の隠し部屋に、ユダヤ人少女エルサが匿われていることに気づく。やがてジョジョは皮肉屋のアドルフの目を気にしながらも、強く勇敢なエルサに惹かれていく──。
公式サイトより
ラビットの意味
戦時下において、暴力に対して肯定的である態度や行為は、無条件で称賛されます。
比喩的に言えば、「狼」であることを男性(兵士並びに兵士予備軍)は求められているのでしょう。
その反対の概念を象徴するのが「ウサギ(ラビット)」です。
それは、臆病の象徴であり、否定されるべき存在であるのでしょう。
対比的に示すならば、以下のようになります。
「狼(ナチズム)」を信奉し、「狼(親衛隊)」を目指したジョジョは、ラビット(臆病者=落ちこぼれ)の烙印を押されます。
ウサギ殺しを拒否した結果により、ラビット(弱者)と呼ばれることとなるのです。
おそらく、彼の中に狼的な価値観に対する本能的な違和感があったからでしょう。
それは、命に対する、弱者に対する、自然の情であり、ある種の道徳心・正義感です。
彼のこのような価値観には、おそらく母親ロージー(スカーレット・ヨハンソン)から受け継いだ真っ当な人間の血が少なからず影響しているに違いありません。
抵抗するラビット
ロージーにより匿われているユダヤ人の少女エルサ(トーマシン・マッケンジー)は、命を守ために、壁の中の隠し空間で息をひそめています。
偶然にジョジョ(ローマン・グリフィン・デイビス)が彼女を発見した際も、通報すればあなた方は協力者であると脅す、意志の強さを見せます。
一般大衆であり、ユダヤ人の一人である彼女は、戦時下の価値観に従えば「ウサギ」に分類されます。
しかしながら、レジスタンス活動をしている彼氏を持つエルサは、抵抗する「ウサギ」です。
なぜなら、自分の身に降りかかっている不幸を運命として単純に受け入れてはいないからです。
理不尽に対して、厳然とノーを突きつけています。
「抵抗」活動を実行しようがしまいが、現実を支配する価値観を認めない限り、彼女は「活動家」と呼ばれるべきでしょう。
エルサは抵抗する「ウサギ」に違いありません。
同様に、ロージーも抵抗する「ウサギ」のひとりであることが中盤以降にはっきりと描かれます。
レジスタンス活動の罪を問われ、縊死した姿で広場において晒しものにされます。
野ウサギの方へ
英語表現におけるウサギを指す単語の代表的なものは次の3つです。
- rabbit(ラビット)
- bunny(バニー)
- here(ヘア)
rabbit(ラビット)とは、一般的に家庭で飼われる馴染み深い穴ウサギの種類を指します。
bunny(バニー)とは、仔ウサギを指す場合に使われます。
here(ヘア)とは、いわゆる野ウサギです。
市街戦の後、狼(ドイツ軍)は、象(アメリカ軍)、熊(ロシア軍)、虎(イギリス軍)により蹴散らされます。
ドイツ軍の敗北により、解放の喜びと安堵が街中に広がります。
これを機に、戸外に出たエルサとジョジョは、自由の象徴としてのダンスをごく自然に始めます。
臆病で逃げまわざるを得なかった「ウサギ」が「ヘア(野ウサギ)」になる瞬間(誕生)がラストシーンで描かれているのです。
決して他者を抑圧せずに、生を肯定する、力強き自由の象徴としての野ウサギ。
野ウサギたちは、希望に満ちながら飛び跳ね、未来へと走り抜けていくのでしょう。
すべてを経験せよ
Rainer Maria Rilke
美も恐怖も
生き続けよ
絶望が最後ではない