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柄谷行人「思想的地震」類まれなる批評家の軌跡

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三冊目の講演集が出ました

柄谷行人氏の1995年から2015年までの講演集成を読み終わりました。

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相も変わらずの切れ味抜群!

端的に言って、これまで柄谷の著作を読んでいない人がこの講演集を読むならば、少しばかり理解が進まないところがあると思います。

その逆に、

彼の著作に触れてきた者には新たな発見がいくつもあることでしょう。




思想的地震というタイトル

本書に収録したのは、自身が読んで、よしと思ったものだけである。

ゆえに抜群に面白いです。

そして、選んだものを見ると、そこに一つの主題が貫かれていることに気づいた。そして、それは「地震とカント」という講演に開示されていたものであった。

柄谷は阪神大震災に震撼し、この地震がもたらした諸問題が思わぬ形で回帰することになる16年後の東日本大震災にも大きく影響を受けることとなります。

その他の講演も、何らかのかたちで「地震」とつながっている。その意味で、私は本書を「思想的地震」と銘打つことにしたのである。

柄谷は阪神大震災と同程度にオウム真理教事件にも衝撃を受けたと言います。1995年に起こったこの2つの出来事について多大なる影響を受けた人物がもう一人います。作家の村上春樹です。両名とも阪神間の出身であることを割り引いたとしても、この2つの出来事になぜ異常なまでの執着を示すのかは謎です。ちなみに、この二人の「物書き」だけが私の読書遍歴の終身伴走者であります。つまり彼らの熱狂的なファンなのです。




オネスティー

柄谷行人の理論的仕事を実証主義的立場から批判する者は後を絶ちません。

しかしながら、

そもそも彼は「彼の思想」を語るために広義の批評的スタイルを採択しているのだから見当違いも甚だしいと言わねばならないでしょう。

厳密性が希求される学術論文を生産しているわけではないからです。

少なくとも柄谷の紡ぐ言葉の群れが作り出す思考のダイナミズムやしなやかさを彼を批判する連中の文章からは一滴たりとも感じとることができません。

私が彼の著作を好んで読むのは、彼が書く内容や結論に必然性があるからに他なりません。

柄谷は自分が実感している事柄だけを「問題」として捉え、それをとことん掘り下げます。

そこには「オネスティー」しかないのです。

どうして「この問題」に拘るのかの必然的理由の上に毅然と仁王立ちし、論が展開されるからです。

そのために、ひとつひとつの言葉が実体を伴い、こちらに刺さってきます。

ある意味「美文家」である柄谷行人は小林秀雄と同様に「銭の取れる文章」を書ける「売文家」でもあります。優れた思想家はすべからく「売文家」の側面を必然的に持つと言えるのでしょう。

そろそろ柄谷の正統なる遺産後継者が出てきても良さそうなものですが、我々は未だ持ち得ない不幸の中に今も佇んでいます。

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現在我々の佇む場所が思想的廃墟であるとは口が裂けても言えないことは周知の事実でしょう。

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