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「さらば愛しきアウトロー」銃弾は決して発射されない

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ロバート・レッドフォード(R・R)のおそらく最後の主演作

出典:公式サイト

銀幕のスターと言うにふさわしいハリウッドの伝説である名優ロバート・レッドフォードが引退作に選んだのが、本作「さらば愛しのアウトロー」(原題:The Old Man & the Gun(老人と銃))となります。

出世作である「明日に向って撃て!」(69年)や「スティング」(73年)からアウトロー(無法者)のイメージが頭に浮かびがちですが、その端正な顔立ちから、どこまでも紳士で品格が滲み出る印象も併せ持つ、不世出の俳優と言えます。(例えば「華麗なるギャツビー」(74年)や『追憶』(73年)」)。

60年近くになる俳優人生の集大成に選んだ作品の主人公フォレスト・タッカー(実在した銀行強盗)は、レッドフォードが持つイメージである「アウトローであり紳士」を地で生きたような人物です。

名優が伝説の強盗を「最後の映画の主役」に選んだことは必然だったのでしょう。

以下、内容に言及しますので、あらかじめご了承ください。




ストーリー

出典:公式サイト

以下、公式サイトから引用します。

時は1980年代初頭、アメリカ。ポケットに入れた拳銃をチラリと見せるだけで、微笑みながら誰ひとり傷つけず、目的を遂げる銀行強盗がいた。彼の名はフォレスト・タッカー、74歳。被害者のはずの銀行の窓口係や支店長は彼のことを、「紳士だった」「礼儀正しかった」と口々に誉めそやす。事件を担当することになったジョン・ハント刑事も、追いかければ追いかけるほどフォレストの生き方に魅了されていく。彼が堅気ではないと感じながらも、心を奪われてしまった恋人もいた。そんな中、フォレストは仲間のテディとウォラーと共に、かつてない“デカいヤマ”を計画し、まんまと成功させる。だが、“黄昏ギャング”と大々的に報道されたために、予想もしなかった危機にさらされる─。

作品のモデルであるフォレスト・タッカーは1920年、アメリカのフロリダ州生まれ。16回の脱獄と銀行強盗を繰り返し、2004年、獄中にて83歳の生涯を閉じました。




アンチハリウッド

出典:公式サイト

ドラマテックな銀行強盗の物語でありながら、演出はどこまでも抑制的です。

老人の物語であるので、派手さははなから期待できないながらも、そこにはとても静かな時間が流れます。

起伏のない進行が、妙に心地よく、演出の力強さが逆に浮き彫りになります。

出典:公式サイト

ハリウッド的なシステマテックな物語構成は後ろに追いやられ、観客は自分のタイミングで自らの感情に向き合う時間が確保できるのです。

このことだけでも、本作は観る価値は十分に保証されている映画であると言い得ます。

特に、

デートの後、ジュエルを送り届けたタッカーが、思う所あって引き返し、ジュエルと軽いキスを交わす場面はため息が出るほど美しいです。

このシーンの一連の流れは、監督が只者ではないことを十二分に証明しています。

出典:公式サイト

タッカーの大切な人であるジュエル役のシシー・スペイセクがとても美しいです。1976年公開の伝説のホラー映画「キャリー」において主役のキャリー・ホワイト役を演じています。

法と私法

出典:公式サイト

タッカーは十代から犯罪を重ね、脱獄を繰り返すアウトロー(無法者)です。

たとえ紳士的な強盗というスタイルをとっていると言えども、その行為は法を犯しています。

彼の行為は、社会秩序を無視しますが、彼の中では首尾一貫した秩序(規律)を維持しているようです。

出典:公式サイト

彼は自由人であると言うよりも、自らの倫理に忠実であろうとしているだけなのかもしれません。

道徳的には許されるはずもない彼の仕業は、誰も傷つけないという一点において倫理性を保っています。

法を破りながら、決して私法を破らないのです。

道徳性を無視しながら、自らの倫理観にあくまで従う彼の生き様は、おそらく「時代の寛容さ」の上にのみ成立した奇跡なのでしょう。

「明日に向って撃て!」や「華麗なるギャツビー」は当初、スティーブ・マックーンがキャスティングされていたようです。けれども、いずれの作品もレッドフォードでなければというハマり具合であると思われます。

老人と銃

出典:公式サイト

タイトルの「老人と銃」は、フォレスト・タッカーについて書かれたジャーナリストの記事のタイトルから借用したようです。

おそらく、ヘミングウェイの「老人と海」のもじりであると想像できます。

小説の主人公である老漁師のサンチャゴにとって、海は彼に生きる糧を与える、彼の人生を支え続ける豊さそのものです。

と同時に、彼に人生の喜びを与え、彼を絶望の淵に落とし込む両義的な「舞台」でもあります。

つまり、彼を彼の人生の前に引きずりだすある種の「力」に他なりません。

漁に出る時にだけ、彼は「彼の人生」を生きていると言えるのです。

出典:公式サイト

ロバート・レッドフォードは、「アウトロー」という言葉よりもむしろ「反骨」のイメージがピッたりと思うのは私だけでしょうか。

一方、

タッカーにとって、銃とはどのような意味を持っていたのでしょうか。

銃とは彼が彼であり続けるための唯一の拠り所です。

拠り所であるにもかかわらず、銃が持つ本来的な機能の使用を放棄し続けます。

撃つことを頑なに禁じるのです。

なぜなら、

それは彼の私法を破ることと同義だからです。

銃を撃てば、倫理性は消滅し、道徳性の海で溺れ死ぬこととなります。

タッカーを追う刑事はタッカーに関する資料から彼の人となりに触れます。

人生を楽に生きたいわけではなく、楽しく生きたいのだ、と。

出典:公式サイト

彼の辞書に従えば、楽に生きるとは道徳に屈することを意味します。

楽ではなく、楽しく生きることに人生を賭けたタッカーは、倫理性の海にひとり漂います。

ハリウッド方式とは違うやり方で映画を盛り上げるために、インディペンデントの映画製作を支援する活動(サンダンス映画祭)を継続するレッドフォードとタッカーを重ねることは、あなたにとってもそれほど奇異なことではないはずです。

レッドフォードの監督初作品のタイトルが「普通の人々」であることはなんとも皮肉です。

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