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村上春樹と自由意志の問題、そんなにことは単純ではない

投稿日:2018-03-25 更新日:




好きな小説は読み返すごとに新しい顔を見せてくれる

 

村上春樹の「回転木馬のデッド・ヒート」を読み返しました。

おすすめ度:

何度も読み返しましたが、新たな発見がありました。

というか、もしかすると何も読んでいなかったかと思うぐらい。

この短編集のはじめにおける著者自身のコトバを読み流していたと言わざるを得ません。

おいおい、です。

我々が意志と称するある種の内在的な力の圧倒的に多くの部分は、その発生と同時に失われてしまっているのに、我々はそれを認めることができず、その空白が我々の人生の様々な位相に奇妙で不自然な歪みをもたらすのだ。

これは次のように理解することができます。

我々には自由意志が存在する。

多くの場合、その自由意志はまったく完全ではない。

その完全ではない部分のほうが圧倒的に多く、その不完全な部分に我々は知らず知らずのうちに「復讐」されている。

ある種の人間は、その「復讐劇」を自らの自由意志によりもたらされるものであるがゆえに「運命」と引き受けるのである。

彼がオープニングで述べているこのような視座から各短編を眺めてみるならば、濃淡の違いはあれ、同じトーンで統一的に編纂されていることが直ちにわかると思われます。

自由意志を巡る短編集

この短編集は自由意志をめぐる短編集です。

自由意志とありますが、何もかもが本人の自由になるわけではありません。

村上の言葉を解釈すれば、自由意志の多くの部分は不完全なものです。

しかもその多くの部分が知らずしらずのうちにご本人の人生における「自由」の邪魔をします。

全くの外部的要因として人生が妨害されるのではなく、妨害という力の発生源は自らの自由意志の不完全な部分であったという救いのない認識をベースにして彼は作品を組み上げています。

このようなおどろおどろしい認識に基づき小説が書かれているにもかかわらず、あくまで読後感がライトに仕上がっているところが村上が「モダンな作家」であることの所以なのでしょう。

「復讐劇」は各短編において微妙にそのテイストが違います。

バリエーション豊かに様々なパターンを揃えているといえるのです。

レーダーホーゼン

長い時間をかけて「復讐」は熟成され、その展開はあくまで唐突で突然です。

「復讐劇」に対する泣き言が一切タレ流れないところに、主人公の女性の凛とした清々しさと納得性が構築されています。

タクシーに乗った男

この物語も長い時間がかかっての「復讐」なのですが、むしろ折り合いを付けるために一定程度の時間が必要であったと言う方が妥当でしょう。自由意志における自由が自由に生きるの方向に傾斜しているパターンの物語です。

今は亡き女王のために

主人公の意志の力の勝利が例外的に謳われているように一見すると見えます。

が、スポイルされ続けられた女性が完膚なきまでに「復讐」をされてしまう様が描かれた作品といえます。

しかしながら、短編であるゆえに、復讐の程度は一切描写されてはいません。

嘔吐1979

「復讐」とは必ずしも精神的なものではないことを証明するために肉体的なアタックの例が採用されています。

人間はどこまでも肉体と精神の渾然一体であるという事実を思い出させてくれる作品です。

それを実存と名付けるかどうかは「時代」が決めるのでしょう。

雨やどり

タイトルの通り、「復讐」は偶発的なパターンもあるということが示されています。

受け入れやすい物語に回収されやすいエピソードが提示されています。

野球場

非常に意志的な人間の場合が描かれていますが、それゆえに「復讐」も未遂気味の感が強いです。

この主人公は直ちに「ねじまき鳥クロニクル」の「ワタヤノボル」に二重写しになります。

私だけでしょうか。

ハンティング・ナイフ

「復讐」を周到に飼いならそうとしている珍しいパターンです。

自由意志が自らの不完全な部分をねじ伏せようとする戦いがこれから始まるのだという予感に満ち溢れた作品です。

純粋に続きが読みたくなる作品。

プールサイド

「復讐」に自覚的な主人公は人生をあくまでコントロールしようと先手を打ちます。

が、所詮そのようなことは不可能であり、一度、整合的な人生がほころびを見せることで何かが回収できると希望しているかのようです。

あからさまな「復讐」は一切出てきませんが、「復讐」を一番感じさせる作品です。

私はこの作品がこの短編集の中では最も気に入っています。

すべては自由意志のなかで

村上は「風の歌を聴け」から「行動とは首尾一貫して自由意志に基づくものである」ことを作品のなかで示してきました。

が、その自由意志はもともとが不完全極まりない代物であることを初期短編集である本作において示していたのでした。

そうだったのか。

「自由意志」対「運命」という構えのなかで今まで作品を捉えてきましたが、どうやらそんなに単純ではなさそうです。

ある意味、全ては「自由意志」の中で起こっているのですね。

めんどくさいと同時に面白くなってきました。

あらためて他の作品も読み直してみたいと思います。

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