西川美和「映画にまつわるXについて」は煉獄にいちばん近い場所での記録である

投稿日:2017-04-08 更新日:

 

映画関連の書を紐解く⇒

昔から映画をみるのは好きですが、同等に映画関連書を読むのも好きです。

映画監督の西川美和氏の「映画にまつわるXについて」を読了。

映画作品とは違ったテイストを堪能できました。

美味。

スポンサーリンク

味のある文章

本書はエッセイ集であり、様々な媒体で発表されたものが収められています。

脚本も自らが執筆される監督なので、文章は当然に読ませます。

かつ、味がある。

最近、このような読ませるテイストに出会うことがなかったので、嬉しい限りです。

いくつかピックアップします。

映画は言葉を尽くした散文よりも、行間から様々に想像を巡らす詩や俳句に似ていると、私は思う。楽しむ上で最も大切なのは、視力、聴力よりもむしろ、鋭敏な注意力と、豊富な想像力だ。

映画というのは、見るものに相応の知性を要求するものである真実がそこはかとなく暴露されている。

そうなんです。

味わい尽くすためには、切れ切れの注意力と湯水のごとき想像力が必要とされるのだ。

誰もが思っていたはずだ。こんなにまっすぐで、美しい現場作業員が居る場所で自分も働きたいと。しかしその美しい作業員が、松たか子であることには、なぜか誰も気がつこうとしなかった。なぜなんだ。

これは「夢売るふたり」の撮影時に松たか子さんがフォークリフトを運転するシーンをとる必要から、免許取得のために教習所にて地獄の四日間を過ごした際の文章です。

さいごの「なぜなんだ。」が強烈に活きている。

上手いです。

本を「持ち、しまっておく」ことは出来ても、その内容を全く自分の内側に「所蔵」することが出来ないまま、私の蔵書は増え続けたのだ。広辞苑よ、ほんとにそれを「蔵書」と読んでいいのか。

本好きの宿命が滔々と吐露されている。

わかりますわかります。

なぜ広辞苑に問いかけているのかは、是非本文にあたってくださいまし。

今の私は、自分の持つ本たちと愛のない希薄な関係しか結べず、その上彼らによって家を追い出されようとしているていたらくだ。情けない。

惚れた弱みの、この哀愁漂う文章の艶。

色っぽいです。

そして、たくさんの本をお送りくださった方々、ありがとう。いつか皆さんが送ってくれたものの中からアイデアの宝を見つけるかもしれません。だけど、わんこそばなら今がストップ。もう大人なんで、なるべく自分で本を選びます。

著名な読書家ほど、頼みもしないのに本が集まってくるご時世です。

が、読書家と言われる本の虫は、自分の餌は自分で探します。

自腹しか血肉にならないことを骨の髄まで知っているよし。

私だからなのか、それとも映画はこんなにわからないものなのか。しかし「もうわかった」、と思った瞬間にほとぼりの冷めるのが人間の哀しさだ。私にはいつまでもわからない恋人がいて幸せです。恋はまだしばらく、続くであろう。

「さが」ですね。

映画人はとことんいくところまでいくしかないのでしょうか。

これからも「我が道を行く」をご期待しております。

映像作品について

蛇イチゴ

この作品がファーストということですが、センスの塊ですね。

ゆれる

バランスの勝利です。上手いとしか言いようがない。

ディア・ドクター、夢売るふたり、永い言い訳

大事に見ないでとっております。今年の楽しみ。

 

水たまりの一滴

稀有な才能。

スポンサーリンク

-活 字
-,

Copyright© , 2017 All Rights Reserved.