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LED ZEPPELIN、70年代の衝撃よ永遠に

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運命の出会い

LED ZEPPELINと遭遇したのは、大学入学直後でした。

いわゆる遅咲きです。

それまで、まともに洋楽を聴く経験をもたなかったので雷に打たれました。

以来、四半世紀以上、今も信者のままです。




三人の預言者

大学に入学後、語学のクラスが一緒であったクラスメート3人が3人ともLED ZEPPELINのファンでした。

  • ある者は、スピード狂の元政治家秘書
  • ある者は、医学部を目指し断念した元多浪生
  • ある者は、ずば抜けた英語力を誇る元ロッカー
パドーのアイコン画像パドー

ワタシはといえば、ただの活字中毒

狂信的な時代であったのでしょうか。

友人となるこの3人にほぼ一斉にLED ZEPPELINを薦められることとなります。

聞けばわかる。必ず好きになると。




寝てもさめても

薦められて以来、起きている間は、ほとんどの間、聴くようになっている自分がいました。

ウォークマン持っていましたから。

当時は、レコードとカセットテープの時代です。

直ぐに、自分で買いそろえ、ひたすら聞きまくる日々でした。

ちなみに、わたしが聞き始めた頃にはLED ZEPPELINはすでに解散していたのですが。

栄光の歴史

ワーナーミュージックジャパン

1968年に結成。

ファーストアルバムから事実上最後となる「イン・スルー・ジ・アウト・ドア」まで、駄作が1枚もありません。

とんでもないバンド。

駄作がただの一枚もないのです。

信者筆頭格の渋谷陽一氏も言っているので、マチガイナイでしょう。

ハードロックの雄だとか、最強のハードロックバンドであるとか、そのような紹介が紙面を飾ることがありましたが、全て間違っていると言えます。

LED ZEPPELINはハードロックを造ったバンドなのです。

そのような失礼は許されないでしょう。

その演奏の破壊力は尋常ではなく、気がつけば延々と続くギターソロがファンの間では楽しみのひとつとなっていました。

ライブ版での演奏のほうが好きだという人たちは、このギターソロにほれ込んでいたためです。

パドーのアイコン画像パドー

彼らの代表作である「天国への階段」をお聞きになったことがあるでしょうか?

ロック史上、最も美しいギターソロと言われている、ジミー・ペイジのプレイを心行くまで堪能するには、やはりライブ版のほうがいいのかもしれません。

ピストルズ解散後にジョン・ライドン(ジョニー・ロットン)率いるパブリック・イメージ・リミテッドが、ハードロックをコンセプトにしたアルバムを作成するにあたり、LED ZEPPELINのファーストからサードを朝から晩まで聴いていたのは有名な話です。

参加メンバーであった坂本龍一氏がそのようにどこかで言っていたのですが、できあがった音はハードロックから限りなく遠かったというオチがついています。

パドーのアイコン画像パドー

まことに、アナーキーUKらしいです

不朽の名作

友人の3名も、やはりファーストからサードまでが秀逸であるという結論でしたが、わたしは違います。

私の場合は「プレゼンス」。

彼らの到達点であり、集大成であると言われている音の巨塊です。

そして、どの曲が一番好きだと問われれば、このふたつになってしまいます。

どうしても、1曲には絞り込めない。

それは無理というもの。

「ザ・ソング・リメイン・ザ・セイム」と「アキレス・ラスト・スタンド」

どちらも、ラブソングではありません。

ラブソング以外で不朽の名作を楽曲として成立させてしまうそのパワーは、ため息モノです。

前者の「ザ・ソング・リメイン・ザ・セイム」は、ある時期こればかり聞いていました。

ヘビーローテーションが歩いていたようなものです。

当時のさしたる理由もなかったささくれ立った心情にジャストミートした曲でした。

後者の「アキレス・ラスト・スタンド」は邦題が「アキレス最後の戦い」となります。

まさに平家物語のごとく叙事詩が延々と展開され、それが10分間以上続くのです。

問答無用で聞き入ってしまう名曲!

解散

ドラムスのジョン・ボーナムがウォッカオレンジの飲みすぎが原因で、天国への階段を登っていった後、1980年にバンドは解散します。

ジョンの代わりのドラムスは考えられないとのジミー・ペイジの判断によるものでした。

ファンの方はよくご存知だと思いますが、ボーナムのドラムスとジョンポール・ジョーンズのベースラインは、LED ZEPPELINの生命線です。

あのリズムセクションは唯一無二なのです。

遥か彼方

解散後、十年以上が経った後に、ジミー・ペイジとボーカルのロバート・プラントが「ニュースステーション」のスタジオ内でインタビューされている姿をみたときは、おったまげました。

われわれは遠くまで来たんだなあと、感慨深かったです。

パドーのアイコン画像パドー

今でも、聞きます

「たまに」と「よく」の中間ぐらいの頻度で。

今は、あの頃のときめきや高揚はすっかり影をひそめています。

けれども、時折、感情が刺激されることがあります。

どうして、こんなにも音楽は思い出と結びつきやすいのだろう。

・・・歌はずっとあの頃のままで、・・アキレスは決して倒れない・・・・

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