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慰めの文学。生きられた批評としての「海辺のカフカ」

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現代の慰めの文学

なんだか近頃は「戦時」のような毎日を送っている気がします。

そのような気分が継続しているのです。

世事の疎ましさが咽喉元までせり上がりどうにもこうにも嚥下せぬことにはと、本箱に強引に手を突っ込みました。

現実逃避の一種です。

こういう時に決まって指先が触るのは、昭和十年から三十年のあいだに日本人が書き落としたエクリチュールとなります。




戦争期の前後

あの時代以降も彼等は旺盛に筆を走らせてきたはずです。

しかしながら、やはりその時分のものが今も色褪せずに、読めば体の其処ここに広がってゆくことは否定できません。

これはなにも日本という国に固有の事柄ではないのです。

戦争の前後の時期というものは書記全般に対し本人の思念を超えたところでなにものかが付与されてしまうのでしょうか。

そうして、

小林秀雄と坂口安吾の対談を手に取れば、日付は昭和二十三年となっていました。

文字を追いながら頭の中に漂っていたのは、その頃のもの書きは「ただ単に」原稿用紙に向かっていたのだなあという感心ばかりです。

つまり、

小説であるとか批評であるとか、そのような読み手側のジャンル別けの境界の線上をどこにも落ちずに仕事を推し進めていたのであろうなあという感想ばかりが頭に浮かびます。




自らが放り出す

実際、坂口安吾だろうが武田泰淳だろうが「うまい」小説、いわゆる名文調では書いてはいません。

小林秀雄にしたところでしばしば「批評」を溢してしまい「詩」になってしまうことはご承知の事実でしょう。

彼等の文心を私が欲するのは、この人たちが「自分で考え抜いたこと」をできればそのままにして、いたずらなテクネーを加えずに差し出すためなのです。

端的にいうと、文章がうるさくない

言い換えるならば、直裁的な目的と無縁な文章であるのが清々しいのです。    

たまたま、主人公の名前がそこにあればそれは小説と見なされるのでしょう。

齧りづらい語句が羅列しているとそれは批評として流通したはずです。

繰り返しますが、

彼等は「その時期」、ただ「文」を書いていただけと言えます。

同調するカフカ

ところでここまできて、『海辺のカフカ』のことが頭の一隅に顔を覗かせるのです。

村上春樹氏は今日まで物語りでなければ語れない真実を我々に伝えるべくストーリーを巧みに構築してきました。

してみれば、安吾や泰淳とは初めから違う処に立っていたはずです。

けれども、

この作品に自沈してゆくさなかに頭の底の辺りで休みなく聞こえていたのは、彼等に認められているのと同じ音色であったと言えます。

生きた批評

村上春樹氏がそのデビュー以来、「自分で考え抜いてきたこと」が頁のあちこちで無造作に転がっていました。

村上の中に居た「カラスの少年(生きた批評)」が漸く口を開き始めたためなのかもしれません。

批評の開示がそこには見られるはずです。

あるいは、

小説に批評の翼がはえ、高く高く飛翔したのでしょうか。

だからこそ、この小説は私にとってスペシャルと言い得えます。

なぜって?

なぜなら「いま」は「戦時」であるのだから。

『海辺のカフカ』という題名を聞いてすぐに、安岡章太郎の『海辺の光景』に辿りついた。『カフカ』に描かれているのは、「第三の新人」と呼ばれた作家たちが余計な力を入れずに浮き彫りにした「剥き身の不在感」それ自体にほかならないのです。

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