11時間25万字の金字塔的なインタビュー
作家川上未映子氏が村上春樹氏に行ったロングインタビューを読みました。
結構なボリューム。
計四回にわたり、断続的に実施さた作家と作家の真剣勝負。
語りの舞台は次の四ヶ所。
- 西麻布のレイニーデイ・カフェ
- 新潮社クラブ
- 画家三岸好太郎のアトリエ
- 村上氏の自宅
「ただのインタビューではあらない」でした、やっぱり
以下、内容に言及しておりますので、予めご了承ください。
圧倒的な質と量
これまで村上春樹へのインタビュー記事はいくつか読んだことがあります。
なかでも「考える人」におけるインタビューは大変示唆的で興味深く、またたっぷりのボリュームでした。
今回はそれに負けず劣らずの質と量が達成されています。
素晴らしい。
現役の作家であり、ファンの一人である川上未映子さんがインタビュアーであったことが大きいです。
彼女はこれまで僕が会ったどのインタビュアーとも違う種類の質問を、正面からまっすぐぶつけてきたからだ。
同業者ならではの洞察力に基づく鋭いツッコミと、子供のような「なぜなぜ」の集中砲火。
本当に真正面から豪速球が投げ込まれる場面が多く、感心、ため息、納得の連続でした。
文章の下僕
このインタビューは作家村上春樹の創作にまつわるほとんど全てに肉薄しています。
読者は、「そうなんだ」、「やっぱりな」、「ほんとかよ」のオンパレードに目が回ることでしょう。
私も例外ではありませんが、あらためて思いました。
この人は本当に文章が好きなんだなあ。
文章を愛しているからこそ、毎日毎日読んで書いて書いて読んでいるのだろうなあ、と。
僕は文章を書くのがすきなんです、結局。いつも文章のことを考えている。いつも何かしらの文章を書いている。いつもいろんなことを少しづつ試している。
文章と文体
文章と文体に対する考え方が直截に語られています。
研究者にとっては大いなるヒントの宝庫でしょうね。
そう、文章。僕にとっては文章がすべてなんです。物語の仕掛けとか登場人物とか構造とか、小説にはもちろんいろいろ要素がありますけど、結局のところ最後は文章に帰結します。
文体というのはすごく大事だから。自分の文体を持たずに地下深くに行くことはできない。それはすごく危険です。文体は命綱のようなものだから。
何よりも文章が大事です。僕らは文章を通して世界を見るんだから。その精度を少しでも上げることは、一種の倫理のようなものです。
で、そこで何より大事なのは語り口、小説でいえば文体です。信頼感とか、親しみとか、そういうものを生み出すのは、多くの場合語り口です。語り口、文体が人を引きつけなければ、物語は成り立たない。
誰?
このインタビューは「騎士団長殺し」を書き上げたあとに行われている回もあるので、この最新作についても質問がいくつかなされています。
その過程において、ニヤリとするしかないやりとりがあります。
川上さんは「頼むよー」という感じだったのでは、と。
村上 「例えば秋川笙子さんにしても、あの女の子、何ていったっけ?」
川上 「まりえです。何ていったっけって(笑)。秋川まりえです。」
このくだりを読んだときに、とぼけているのかど忘れなのか脳軟化なのか判明し難いのですが、村上氏は本当に前しか向いていないということが後ほど明らかになりました。
いや、本当に忘れちゃうんです。次々新しいものを書いてるじゃない。昔書いたものって、いちいち覚えてられないよ、そんなの。
このタイミングで秋川まりえ忘れるって、それはねーよのレベルです、いやはやこれは。
僕はね、すぐいろんなことを忘れちゃうんです。
忘れすぎ
プロ作家として
40年近く職業作家として一線でやってきたことの矜持や思い、また技術的なことについても随所にみることができます。
そろそろ読者の目を覚まさせようと思ったら、そこに適当な比喩を持ってくるわけ。文章にはそういうサプライズが必要なんです。
多かれ少なかれこの「マジックタッチ」がないと、お金を取って人に読ませる文章は書けません。
頭で解釈できるようなものは書いたってしょうがないじゃないですか。
書きたいものはだいたい書けると思います。
つまるところ、小説家にとって必要なのは、そういう「お願いします」「わかりました」の信頼関係なんですよ。
とにかく読者が簡単に読み飛ばせる文章を書いてはいけないと。
このような発言が世間にとってもご自身にとってもナチュラルになるぐらいのところに40年かけて来たのだなあと、時間の重みをただただ感じるばかりです。
白眉か?
「いい言葉いただきました!!」と膝を打ったのは川上さんばかりではなかったでしょう。
僕は小説をある程度うまく書けるし、僕よりうまく小説を書ける人というのは、客観的に見てまあ少ないわけですよね、世の中に。
これを引き出せたことは快挙ですね。
善き物語
僕としては可能な限り「善き物語を書こう」という意志を持ち続けるしかないんですよね。そしてそういう気持ちはきっと読者に伝わるはずだと、僕はポジティブに信じているんだけど。というか、それ以外に僕にできることは何もないような気がする。
ここに村上春樹のぎりぎりの倫理観が明示されている。
創作者として、影響者としての、本当の近接点です。
恐れることは何もない。物語はそう簡単にはくたばらない。
世界のそこかしこで悪しき物語が跳梁跋扈する現在、彼の紡ぎ出す物語は今まで以上に多くの人々に必要とされているのでしょう。