ミッキー・ローク、死に場所を追い求めた男の生き様

投稿日:2016-11-07 更新日:

帰ってきた男⇒

ミッキー・ロークは、2008年、「レスラー」にて復活を遂げた。

世界中で50を超える映画賞に輝いたこの作品は、ミッキー・ローク自身の役者人生と二重写しになり、多くの映画関係者から好意的な評価を得ることとなった。

特に、プロレス好きにはたまらない作品であり、男泣きも続出。

最大の当たり役となった。

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ドラゴンの年

私がミッキー・ロークをスクリーンでみたのは、1985年に制作されたマイケル・チミノの「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」であった。

ベトナム戦争帰りのニュヨーク市警の一匹狼対若きチャイニーズマフィアの首領との死闘を描いたこの映画は、当時、強烈な印象を見る者に与えました。

私も、痺れてしまった一人です。

破滅の王

映画の中で、主人公は、自暴自棄すれすれのところで、自らの信じる正義を貫こうとします。

程々にうまくやっていくということが、あらかじめ奪い去られているかのように、極端な道を突き進みます。

その結果、彼に関わる多くの人間が、不幸になります。

しかしながら、彼は躊躇することなく、前進を止めません。

目的のために手段を選ばないその姿勢は、恐ろしいまでに徹底しています。

戦争で死に損なったものの目的は、たったひとつしかありません。

自らの死に場所を見つけることです。

リングという名の死に場所

「レスラー」においてもまた、主人公は最低野郎です。

娘との壊れた関係を修復しようと努力を重ねますが、肝心なところで最低な行為により、彼女との約束を破ります。

そして、様々なしがらみの中、長年の不摂生、薬物投与のお陰で満身創痍にもかかわらず、まさに命をかけて、おそらく最後のマッチに臨みます。

たかが記念試合にも関わらず、彼は死力を尽くそうとします。

なぜなら、リングの上でしか生きることができないから。

なぜなら、自らの死に場所はリングの上のほかには、ないのだから。

不器用者の美学

ドラゴンの年から二十年あまり。

ミッキー・ローク演じる主人公はまたしても、死に場所を見つけるためにさまよい続けることになる。

少なくない年月が経ち、そこにはもう派手な銃撃戦も多くの血も流れない。

しかしながら、スクリーンに映るその姿は痛々しいほどに我々に迫ってくるのです。

自己中心、自暴自棄、自己弁護、自業自得。

勝手にしやがれと言いたくなるほどの、ダメっぷりです。

けれども、そこに我々は無視し難い魅力を見てしまいます。

彼を超える憎みきれないろくでなしは、もう出てこないのかもしれません。

 

水たまりの一滴
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