大変な年に観た映画をふりかえって
2020年に観た映画の中で、心を揺さぶられた5作品を以下にご紹介します。
- ベスト5と言っていますが、作品間の優劣はありません。
- 2020年に私が観た映画ということであって、必ずしも2020年に「公開された」ものではありません。
- 5作品のうち4作品はすでに評論しております。
- 残りの1作品「パラサイト」のみ劇場で鑑賞し、記事は書いていませんでした。
以下、内容に言及しますので、あらかじめご了承ください。
mellow
観終わった後に、いわく言い難い感情に囚われたいのであれば、まずは見るべき作品です。
人生の痛みや悲しみがスクリーン上を走り抜けるのですが、感傷的な傷跡しか残していきません。
田中圭という役者の魅力がある意味、最大限に活かされた演出が光ります。

バーニング
以前からずっと気になっていましたが、今年観ることができました。
完全に想像以上です。
村上春樹の小説が原作となる作品は日本人監督を中心にいくつもありますが、間違いなくベストと言いきれます。
映像の素晴らしさは垂涎ものであり、映画を覆うムードは気怠く、甘く、時に危険極まりない。

ラストレター
映画はそう簡単にロマンチックを許しません。
本作はそれが許されている数少ない成功例のひとつです。
十代の少女だけが持つ一瞬の煌めきが余すことなく焼き付けられています。
森七菜を観るだけでも鑑賞する価値は十分にあるでしょう。

メランコリック
フィルム的計算が計算としての姿を現さないところに、才能が迸っています。
完成度の高さは観るものを圧倒し、次回作への期待しかありません。
リアリズムと映画的空想をバランスよく散りばめながら、作品はノンストップで終焉に爆走します。

パラサイト
過去の映画的遺産が縦横無尽に利用されているその内容の豊かさに誰もが打ちのめされることでしょう。
本作は、社会構造を建築学的に視覚化し、観客に一瞬たりとも構造化された世界の実情から目を逸らすなと迫ります。
地下・半地下・地上という見通しの良い三構造は、容易に想像できるように、韓国・日本・アメリカに呼応しています。
間違ってならないのは、固定化した構造として、例えば三国間の関係性から、直ちにアメリカは地上であるとする思い込みです。
この三国間には上下関係は存在しますが、それは固定的であるほど単純ではありません。
時勢や分野に応じて、上下は簡単に反転し、時々刻々とポジションは入れ替わります。
なぜなら、有機的に密接に依存しあっているからです。
宿主は店子であり、店子は宿主に他なりません。
それぞれが、それぞれに依存しているその動的状態が寄生(パラサイト)と表現されています。
ここで問われている寄生とは、一方が一方的に搾取され、搾取しているという関係性ではなく、結果として共存関係が成立してしまっているその不可避的な関係性に他なりません。
ある意味、それは主人と奴隷の関係性と言えるものでしょう。
主人は絶対的な存在として主人であるわけではありません。
奴隷がいなければ主人として存在を証明することなど決してできないのです。
当然に、これは奴隷についても妥当します。
彼らは、単独では、自らを自らと規定し得ないのです。
繰り返しますが、「パラサイト」で描かれているのはそのような関係性に違いありません。
別の言葉で言えば、それこそが「グローバル化」であると叫ぶ者もいるでしょう。
芸術性と政治性と娯楽性が寄生し合いながら成立する第一級の傑作です。
見逃している方は、ぜひご覧ください。

今週からNetflixで「モノクロームヴァージョン」がラインナップに入ってきます。非常に楽しみです。