これは伊藤 計劃と円城 塔に捧げられた良質なオマージュに違いない

2015年に公開された劇場アニメ「屍者の帝国」は、小説「屍者の帝国」を原作とした映画作品です。
夭折したSF作家、伊藤 計劃氏の志を受け継ぎ、生前親交の深かった同じくSF作家である円城 塔氏が、小説を完成させました。
小説を未読のために、詳細な比較はできませんが、調べる限り、映画と小説はその内容が大きく異なるようです。
以下、内容に言及しますので、あらかじめご了承ください。
ストーリー
以下、公式サイトからの引用となります。
“死者蘇生技術”が発達し、屍者を労働力として活用している19世紀末。ロンドンの医学生ジョン・H・ワトソンは、親友フライデーとの生前の約束どおり、自らの手で違法に屍者化を試みる。その行為は、諜報機関「ウォルシンガム機関」の知るところとなるが、ワトソンはその技術と魂の再生への野心を見込まれてある任務を命じられる。それは、一世紀前にヴィクター・フランケンシュタイン博士が遺し、まるで生者のように意思を持ち言葉を話す最初の屍者ザ・ワンを生み出す究極の技術が記されているという「ヴィクターの手記」の捜索。ワトソンはフライデーを伴いロンドンを発つ。それは、フライデーの魂を取り戻す為の壮大な旅の始まりだった。
公式サイト(東宝)
時代設定が絶妙であり、屍者(蘇生した死者)との共存する社会情勢を違和感なく受け入れることができます。
加えて、スチームパンクの雰囲気が、蘇生技術の生々しさを中和し、その世界観はノスタルジックに表現されています。
本作は、過去の有名な作品やキャラクター、実在の人物にちなんだ登場人物が散りばめられています。
フランケンシュタイン博士やワトソンとホームズ、リラダンの「未来のイヴ」、エジソン、ロビンソン・クルーソーのフライデーなどがあげられます。
魂の21g
劇中世界では、蘇生された死者は労働力として利用・使用されています。
いわゆるゾンビをロボットのように取り扱い、違和感なく社会が受け入れているある種のディストピアが描かれています。
蘇生された死者は意志を示すことができません。
言葉を決して発しませんし、声を持たないのです。
黙々と生者の命令に従い、労働力を提供します。
彼らには魂がありません。
人間の人間たる所以は、魂の有無であるという一線が共有されています。
人間は死亡すると生前に比べて、
体重が21グラムほど減少することが確認されている。
それが霊素の重さ。いわゆる魂の重さだ。
主人公のワトソンは独自の方法で蘇生させた親友のフライデーに魂を吹き込もうと研究を続けます。
ふたりの絆
本作は、ワトソンとフライデーの友情と親愛がテーマとして描かれています。
屍者であるフライデーに魂を再びインストールし、彼の声をどうしても耳にしたいというワトソンの欲望(願い)が物語を駆動します。

あなたはもう既にお気づきのことでしょう。
ワトソンとフライデーとは、円城 塔と伊藤 計劃に他なりません。
映画製作者たちは、ふたりのSF作家とその関係性にリスペクトを示したのでしょう。
その意味で、本作は優れたオマージュ作品(創作性に対する敬意であり賛辞)に違いありません。
思い出してください。
ワトソン=円城 塔が取り戻したかったのは、フライデー=伊藤 計劃の魂です。
この世を去った伊藤の声を彼はもう一度聞きたかったのです。
つまり、魂とは声、すなわち言葉。
けれども、友の声を聞くことはできません。
関係性への敬意ゆえに、安直に声を聞かせるという演出が頑なに禁じられています。
本作の凛とした佇まいをこのような演出に見てとることはあなたにも困難ではないはずです。
エンディングのその後ろに光が刺す
ワトソンが屍者化してしまうようなエンディングの後に、エンドロールが流れます。
ああ、救いようのない結末が用意されていると、嘆いていると、4年後が映し出されます。
短いその後日談は希望に満ちたものでした。
探偵ホームズと共にロンドン市街を駆け回るワトソンの姿をあなたは目にすることでしょう。
彼は死んではいなかったのです。
その姿を遠く、望遠鏡越しに見るフライデーのアップ。
その瞳には生き生きとした光はありませんが、確かに慈愛を宿しているのです。
現在も活躍する友人、円城 塔を天国から伊藤 計劃が見守っています。
素晴らしい演出であり、ラストが用意されていました。
とことん重いテーマを見事にまとめ切る演出に脱帽です。
心温まる、エンディングのその後ろが「魂の21g」であることは今更言うまでもないでしょう。
機会があれば、ぜひご覧ください。
エンディングのナレーションにおいて、ワトソンはそれまでの記憶を失い、別の人生を歩んでいると説明がなされます。ナレーションの主はフライデーのようであり、彼は意思を自覚しつつある状態にあります。4年前に二人に何が起きたのかは描かれてはいません。

