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「坊っちゃんの時代」敗北の美学を写し取るマンガ

2020 3/11
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「坊ちゃん」の時代、五部作遭遇

新装版 不機嫌亭漱石 『坊っちゃん』の時代 第五部

先日、久しく訪れることのなかったブックオフに立ち寄る機会がありました。

時間つぶしのために、店内をウロウロしていると、五部作が目にとまったのです。

いつかは読んでみたいものだと思っていた気持ちが蘇りました。

離れがたい。

これをぶら下げて帰るのは、ちと難儀と一瞬よぎるも、レジの前に立つ。

買っちゃった。




虚虚実実

第五部の初版が1997年。

どえらく古いです。

それより前に、できたら読みたいなと思いつつ、月日は流れ、二十年あまり。

少なくない時間が流れました。

われわれにとって馴染み深い、明治の文豪を中心に、虚実が織り交ぜながら描かれています。

決して交差することのない人たちを所々に出会わせながら物語は進行します。

第一部「坊ちゃん」の時代

第二部 秋の舞姫

第三部 かの蒼空に

第四部 明治流星雨

第五部 不機嫌亭漱石

第一部は漱石を、第二部は鴎外を、第三部は啄木を、第四部は秋水を、そして第五部は再び漱石を中心に構成されています。

魅力的な登場人物たち。

完成までに十二年の歳月が費やされた労作です。




普請中

この「坊ちゃん」の時代に一貫して流れる通低音は、明治国家とは「普請中」であるという国家的複合感情です。

これを個人の自尊に結びつけることのできる者もいれば、そうできない者もいました。

どちらが幸せでどちらが不幸せであったのかは、当事者のいずれにも、われわれにも想像の埒外でしょう。

漱石の「坊ちゃん」を読み、あなたがそこに容易に認めてしまうのは、敗北の美学であるはずです。

しかしながら、

この五部作を読むとそのような理解がいかに図式的であり、表層的であるのかがよく分かります。

「勝ったもの」が背負い込まなければならない苦悩や悲哀やその一切合切について、決して口にすることは許されないのでしょう。

口が裂けても、というやつです。

何かに殉じることも、何かに敗れることも、何かを守ることも、何かを伝えることも、まだあだある、何かを愛することも、極めて簡単であり、極めて困難であった時代。

そう、よく似ているでしょう。

我々の時代に。

瓜二つです。

何一つ変わりません。

われわれの人生は、いつもいつも「普請中」なのです。

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