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ものを食べることの拭い難い悲しみをあなたは決して知らない

2016-11-14

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ものを食べることの拭い難い悲しみをあなたは決して知らない

2016-11-14

この記事は約3分で読めます

奇妙なタイトル、奇妙なエントリー

おかしなタイトルだなあと思われたでしょうか。

何か嫌な事があったのかな、とか。

暗そうなエントリーだな、とか。

本日は、ものを食べることの悲しみについて、少しばかり触れます。

大仰ですが、このエントリーを書くことがブログ開設の目的の一つでした。

最初にお断りしておきます。

皆さんのお役に何ひとつ立つことのない駄文です。

でも、書き留めておかねばならなかったのです。

ただの私的回想です。

それでは、記憶の底に降り立ちます。

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食事の喜びと楽しみ

多くの場合、食事は基本的に喜びであり、楽しみです。

生きるために栄養を補給しなければならない意味からも。

親交を暖めたり、絆を深めたりする意味からも。

子供の頃の家族との毎日の食卓は、良き思い出であり、セピア色に染まっていることでしょう。

なのに、なぜ悲しみなの?

ボッチ飯のことなのか?

違います。

私がものを食べることの悲しみを感じたのは、小学生のときと中学生のときの2回きりです。

以後そのような感情に襲われることは二度とありませんでした。

しかしながら、今もそのときの名残というものは完全に消えません。

何十年もたった今でも。

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行楽地にて

小学生の頃、そんなに遠くない山に家族で行ったときのエピソードとなります。

夏の手前の時期だったと記憶します。

レストランとは名ばかりの食事どころに入り、家族で昼食をとることになりました。

近くの席におばあさんと自分と同じ年頃の小学生がふたりして食事をしていたのです。

特に会話もなく、でもそれほどくたびれた様子もありませんでした。

彼らはそれぞれの目の前にある料理を黙って口に運んでいました。

私はなぜか彼らを見た瞬間から、気になり、なんだかそわしわし、ザワザワした気持ちになりました。

そのうち、目に涙が溜まりだすと、家族に気づかれないようにトイレに向かい、声を上げて泣いていました。

自分でもよくわからないままに。

動機の定かではない悲しみの塊に強襲されたのです。

確かなことは、この大粒の契機は、まぎれもなく彼らが食事をしたところを目撃したためである、と。

なんとか、気持ちも収まり、席に戻ると、二人はレジの方に向かっていました。

その後、彼らの姿を思い出すたびにしばらくの間、何かのメカニズムが作動するかのように、涙が止まりませんでした。

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TVを見ていて

中学生になり、夏休みは特にすることもないので、昼間は高校野球の中継をひなが一日見て、毎日が過ぎていきました。

ある日の夕方、ニュースの高校野球のコーナーにおいて、合宿先での中継があったのです。

丁度、夕食どきだったので、選手たちが、飯をほおばっている姿が映されていました。

昔のことなので、過剰な演出もなく、たんたんとした選手たちの食事風景が続きます。

リポーターは、敵に勝つということで、今晩のメニューはビフテキと豚カツですと説明していました。

それからまもなく、わたしは、あのときと同じ感情に捕らわれ、泣き始めていま自分と出会います。

これについても、その後、ふとした瞬間に選手が黙って箸を進めている姿が思い出されるとき、涙が頬を伝ったものでした。

欺瞞の中で

大学生の頃に、これらの一連の出来事について、考えたことがあります。

どうして、スイッチが入るように、泣いてしまうのか。

そのときの結論は、次のようなものでした。

いずれの場合も、貧しさが引き連れてしまう「いたたまれのなさ」のようなものをそのときのあまり裕福とはいえない自分の境遇に過度に重ね合わせ、感傷性を増幅させていたのではないかというものです。

自己憐憫を肥大させるために、彼らにまとわりつく「乏しさ」といったものをトリガーや触媒としてではなく、「だし」に使っていたのでしょう。

最低な人間だと思い、自分でイヤになりました。

なんなんだ、俺は。

今、思うこと

今にして思えば、思春期特有の鋭敏すぎる感性が、あの時代特有の国全体の貧しい影のようなものに触れた結果、涙が誘発されたのかなと、好意的に解釈するときもあります。

でも、やはり違うかな。

正直わかりません。

終戦から四半世紀あまり。

国自体は食うや食わずの時期を脱していたはずです。

食事という行為にのみ端的に反応したのは、そのことの名残であったかもしれません。

1970年代はたぶん、貧しくはなかったのでしょう。

しかしながら、貧しさの影は、まだどこにもさしていたはずです。

やがて、飽食の時代の到来と共に、影が息をする場所はなくなってしまいます。

影が消えることは、もちろんいいことです。

ただ、わたし自身の影のように、あのときの記憶は、決して私の元を去ることはないのでしょう。

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