信用に殉じた男、坂本龍馬を決して忘れない

投稿日:2016-09-27 更新日:

龍馬の目に映るもの⇒

十数年前、司馬遼太郎の熱心な読者である友人と高知を訪れた。

暗黙の了解で、高知県立坂本龍馬記念館に足が向かった。

当時はまだ、NHK大河ドラマの「龍馬伝」が放映される前であったために、平日ということもあり、それほどの混雑はなかった。

幕末の志士の中では、わたしは西郷隆盛の方に惹かれていたので、一通り見終わると、熱心な友人たちと別れ、少し散歩でもするかと記念館をあとにした。

目の前の有名な桂浜まで降りると、よく晴れた空と青い海が目に眩しく、同時に気持ちが澄んでくるようだった。

岩場には波が勢いよく当たっては砕け、東映や松竹映画のオープンニングロールを思い出した。

瀬戸内海の内海であれば、穏やかな海面であるところが、一方こちらは、あまりに激しく荒々しい海の様子。

龍馬もこの海を見ていた可能性は極めて高いが、このような波の激しさを目の当たりにして、それでも海の向こう側に行ってみたいという心情は私にはやはり、想像のできない代物であった。

けれども、そのような行動力だけが歴史を動かすものだとあらためて感じ入った。

今、思い返すと、英雄は違ったものをそこに見ていたのかもしれないと、勝手に想像している。

スポンサーリンク

原点としての商売人

よく知られているように、坂本家は商家の出である

ゆえに、龍馬には商売人の感覚が幼き頃より備わっていた可能性が高いと思われる。

それは、経済観念が発達していることや実利的な物の見方が根底にあるというばかりではない。

そればかりではなく、コミュニケーションを取り結ぶ場合のスタンスが商売人であったと強く思えるのだ。

スタンダードコミュニケーションスタイル

商行為とは、当然ながら信用に基づき関係性が構築され、維持されることを目指す。

継続的な関係が何よりも優先され、それが互いの利益の増大を生み出すこととなる。

刹那的な、一時的な関係は、はなから相手にはされない。

そこにはWINWINの関係が成立していなければならないのだ。

すべては相手のためにではなく

龍馬の東奔西走は、よく知られるところである。

人と人とを結びつけることが使命であるかのごとく、人と人の間を走り回った。

そこには大義や名分があったし、私利と私欲もあった。

けれども、一貫していたのは、商売人としてのコミュニケーションスタイルである。

すなわち、人の信用を勝ち取るためには、相手のニーズを推し量り、ベストの答えを提供する姿勢を貫くということだ。

だからこそ、そこには無私の精神は場違いであろう。

そのような気配が少しでも感じられれば、人は騙されているのではないか、何かウラがあるのではないかと、関係性を破棄しようとしてしまう。

ただより高いものはない。

無償の行為を疑ってかからなければならない時代であった。

欲のなさなど人は信用しないものだ。少なくとの商売の住人は。

リアリスト龍馬

商売人はリアリストだ。

ゆえに、龍馬は徹頭徹尾、歴史を動かすために、何をしなければならないかを明確にイメージする。

すなわち、具体的な無駄のない行動しか選択しない。

これが、商売人の行動原理だ。

そして、なによりも大事なことは、優先されるべきは、信用の更新であった。

なんでもありの幕末の動乱にあって、信用に命を賭すことは容易ではない。

龍馬だけがそれを行ったとは言い切るつもりは、もちろんない。

ただ、信用の意味をもっとも理解し、信用を獲得するために胸をかきむしったもののうちの一人であったとだけは言い得るだろう。

信用と信頼

ここまで、わたしは一貫して、信用という語を使用してきたが、御存知の通り、信用と信頼は似て非なるものだ。

すなわち、信用とは過去の実績の上に置かれる確たるものであり、信頼とは過去の実績に基づきながら未来に志向されるものである。

信頼という語に喧嘩を売るつもりはサラサラない。ここで刀を交えるつもりはないので、ご勘弁を。

 

龍馬は、冷徹に、信に頼ることなく、信を用いる。

コツコツと積み上げてきた実績だけが、命の保証書だ。

相手にも当然にそれを求める。

なぜなら、龍馬は信頼関係ではなく、ある意味信用関係を築きたかったのだから。

ゆえに、取引は常に、信用取引であって、信頼取引ではなかったはずだ。

後者は、京の町にいくらでも転がっていた。

信頼が厚くなった、裏切られたと言っては、刀を振り回す連中とはやはり見ているものが違った。

信用取引であるがゆえに、歴史は具体的に動いたのだろう。

ただ、安直な信頼の強要が、いかに当時多くの悲劇を生んできたのかを嫌というほど身にしみていた者は、信用だけを愚直に積み重ねることで、どこかに行こうとしていた、と想像する。

桂浜遠くに在りて思う

彼が誰に信用を置き、誰に信頼を賭そうとしていたのかは、歴史の闇の中だ。

それを検証することはもはや誰にもできない。

ただ、命が絶たれた時に、信頼を置こうとした人物がその企てに関与していなかったことを祈るばかりである。

桂浜での波しぶきをみて、十数年後のいま、次のように思う。

信頼という波が信用という岩にぶつかり飛び散るさまが、晴れわたる空と青い海になんだか似つかわしくなかったな、と。

それでは、信用という波が信頼という巨岩に砕け飛ぶ姿であったのかといえば、それは違う。絶対に違う。

 

水たまりの一滴

グランドデザインを描ける人間はほんの一握りしかいません。遠くを見ろ。

 

 

スポンサーリンク

-仕 事
-

Copyright© , 2017 All Rights Reserved.