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現役人事部長の 雑記blog

「言われているうちが花」が通用しない。メンタルヘルス専門家に聞いた最前線事情

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メンタルヘルスの専門家から聞いて驚愕した⇒

先週、管理職向けのメンタルヘルス研修を実施しました。

講師には昨年に引き続き、経験豊富なメンタルヘルスの専門医が担当。

講義終了後、雑談を含め、いろいろとお話を伺っている際にびっくり仰天。

最近の若手社員は「言われているうちが花」の感覚が共有できないとのこと。

世代間の格差は以前より理解しておりましたが、「このことば」ももはや共有できないのかと肩が落ちました。

30歳前後から下の世代はだめだそうです。

それに加えてダメを押されたのが、ネットでこの言葉を検索している際に目にした次のような意見です。

「言われているうちが花ってある意味、脅しですよね。」

Why Japanese youth???

あなたがたはどこまで自分がかわいくて、何をそんなに守りきりたいのか?

「情け」はこの国のビジネスシーンにおいてはもはや野垂れ死ぬしかないのか。

以下、ただの雑感となります。あらかじめご了承ください。

 

 

注意指導の果てに

上司は部下に育って欲しい、成長してほしいという気持ちを前提とし、部下を指導します。

そうでなければ、理論上、上司ではありません。

管理職の義務だからという建前を超えて指導教育している人が大半であると思います。

しかしながら、そのような上司たちも所詮人間です。

度重なる指導の甲斐なく、一向に改善の余地が見られない、もしくはなんらの反省がみられない場合、ある者は指導を諦める、あるいは放棄します。

悲しいかなこれが現実的な対応です。

このような態度を「見捨てる」と見るのか「当然だ」とみなすのかは議論の別れるところ。

ここでは是非は問いません。

いずれにしても、指導は終了されるのです。

好きの反対は?

あなたにとって、「好き」の反対はなんでしょうか?

多くの人は問われれば、「嫌い」と答えるのではないでしょうか。

しかしながら、それは感情的には理解できますがもう一声欲しいところです。

私の答えは「無関心」です。

感情が相手の方を向いていれば、プラスの時もあればマイナスの時もあります。

「大好き」は容易に「大嫌い」に振れます。

男女の中では日常茶飯事でしょう。

人間関係においての別次元は「無関心」です。

職場では絶対にあってはならない状態です。

が、「言われているうちが花」の花がしぼむとき、「無関心」は大手を振り始めます。

言われているうちが花

「言われているうちが花」とは次のような意味です。

指導や注意を受けている間に反省し改善しなければ、そのうち誰も指導や注意をしなくなってしまい、改善改良の機会を失うことになるよ。

言い換えます。

周りの者があなたに関心を向けている間にあなたが周りからの注意を真摯に受け止め、反省すべきところを直そうとしないと、そのうちにあなたは孤立化し、成長機会を喪失し続けるよ。

このような相手の立場に立って発せられる「言われているうちが花」という物言いが、現在の若手社員には届かないらしいのです。

では、どう受け止められているのか?

「何回もうるさいな。」

ことばをあまりに表層的にしか捉えられない資質の限界がただただ露呈している。

職場が無関心の荒野と化していく。

埋められないギャップ

「言われているうちが花」という考え方の底に流れるのは、ある意味「愛」です。

それを一方的と認識し、「うざい」と切り捨てる態度の「薄さ」を共有することは私にはできません。

世代間のギャップでは済まされない、ビジネスパーソンとしての基底が変質してきているように思えるのです。

これは多様性の共存や個性の尊重といった態度で吸収できる事態とは到底思えません。

「マネジメント」というのが本当に難しい局面に入ってきたことを痛感した次第です。

あなたのご意見を是非お聞きしたいです

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パドー1000

パドー1000

現役人事部長のパドー1000と申します。雑記blog「シンキング・パドー」を書いています。
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