企業内の教育と学習に関する勘違いを今すぐ払拭しなければならないのだが

投稿日:

 

教育と学習は対概念である⇒

社内の教育研修に携わる身なので、学習については日頃から思ったり考えたりすることが割と多いです。

結論としては「人は自ら学習しようという強い気持ちに基づき自ら成長するものだ」という極々凡庸な意見となります。

これは期せずして組織運営における管理職の役割というものにも関わってきます。

以下、企業の教育と学習について少しばかり触れます。

スポンサーリンク

学生と社会人の違い

一度は耳にしたことがあると思います。

社会人と学生の違い。

たくさんありますがよく聞くのは次の違いではないでしょうか。

  1. 学生はお金を払ってまなぶ
  2. 社会人はお金をもらってまなぶ

言い換えましょう。

  1. お金を払ってまなぶとは、教育を受けるということです。
  2. お金をもらってまなぶとは、学習するということです。

もちろん、教育を受ける場合においても、学習態度がきちんと確立している学生もいます。

そのような学生は往々にして優秀です。

というか、学習をするために教育機会を最大限に利用・活用しているという方がある意味正確でしょうか。

人は教育を受けても成長しますが、それが有効に機能するのは初等教育に限定されます。

初等の範囲を義務教育とするのか、大学まで拡張するのかは立場により異なるでしょう。

もしかすると小学校に入学するまでの期間に限定する考え方もあるかもしれません。

いずれにしても、教育を受けて成長するというのは生涯に渡ってデフォルトではないということです。

言い直しましょう。

人は教育を受けても成長しますが、成長とは自ら学習してはじめて成立するものである。

ゆえに、どこでも、だれでも、いつでも、いつまでも、可能なのです。

ここは重要。

お金をもらってまなぶとは、言い換えると、積極的に能動的に世の中に働きかけた結果や過程を通じてまなぶということに他なりません。

つまり、自分から働きかけないとなにも身につかないのです。

受動ではなく能動。

この違いは「まなぶ」という行為において決定的です。

特にプロフェッショナルを自負する場合は決定的です。

ドラッカー曰く

記憶間違いでなければドラッカー(彼は経営学の大家ではなく思想家です)は次のようなことを言っています。

セルフコントロールできるものだけを管理者(管理職)はコントロールすることができうる。

簡単にいうと、自己管理のできない、もしくは自己管理できる能力に達していない者を管理者(管理職)は管理する必要がないということです。

現代日本の企業もしくは管理職の多くは、ここのところを理解していない方が多いです。

管理職は父兄でも教師でも師匠でもありません。

従って過剰な義務を追う必要性は一切ないのです。

教育とは、学習とは

社会において、企業において教育を無条件に期待することは間違っています。

教育とはある意味、権利です。

権利が発生しない場所で権利を主張することは無駄な行為です。

成長を欲するのであれば、自ら動くしかありません。

まずは学習機会を獲得するために働きかけましょう。

人は自らまなぼうとしたことしか身につきませんし、役には立ちません。

あなたが学習を続ける限り、上司はコントロールをやめないでしょう。

コントロールとは、アシストであり、フォローであり、バックアップです。

上長ができることは、たかだか「支援」にすぎません。

「教え育む」など傲慢とは言わないまでもおこがましい限り。

教育を受ける、教育するという勘違いが学習の芽を摘んでしまうのです。

パドー1000
もしかすると学習するという意欲を引き出すことが、教育の重要課題であるのかもしれませんね

スポンサーリンク

-仕 事
-

Copyright© , 2017 All Rights Reserved.