情報の「捨て方」、大量情報により窒息しないためのたったひとつの方法

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価値あることを考えるためにムダ情報から徹底的に逃げよ⇒

現代において情報はある意味、「水」や「空気」であり、「米」であると言っても言い過ぎではありません。

けれどもこの「生活必需品」はわたしたちの時間の多くを奪ってしまいます。

情報を受信するだけでも毎日、毎分、毎秒、雨あられのごとくシャワーを浴びるあなた。

それに加えて情報発信しようものなら完全に「情報の奴隷」です。

ゆえに情報処理のスマートな方法には誰もが関心が高いはず。

というわけで、本書を手に取った。

著者は言います。

なので私は、そんな自分の時間を奪うだけの情報は徹底的に捨て、遠ざけ、触れないようにしています。

情報の大海においてそんなことが可能なのか?

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情報の区別

触れる情報と、触れない情報を、意識して区別する。端的に言えば、私に不要なくだらない情報をシャットアウトします。こうすることで、時間の浪費を極力、防いでいるのです。

よくわかります。

これを実行する前にまずは定義を明確にしなければなりません。

さて、何を不要な情報と定義づけるのか?

私に不要な情報とは、私から遠いところにある情報(また、私に関係なさそうな情報)のことではありません。私に害を与える情報のことです。

害を与える情報?

このことについて明確な説明を著者はしていません。

たとえば私の場合であればつぎの3つでしょうか。

  1. トラブルの匂いのするもの
  2. 流行りすぎているもの
  3. 否定的な修飾にまみれているもの

まずスルーですね。

パドー1000
自分から近寄らない

捨てるという行為

情報を選びぬくのは今や当たり前のことです。世の中の情報が膨れ上がっていく今、私たちに必要なのは、むしろ一度取り込んだ情報を捨てていくことです。

これは案外に難しい。

というのも情報の取得にコストがかかっている場合が多いからです。

「折角なになになのだから」という貧乏根性が顔を出せばもういけない。

大抵の場合、いつか役に立つのだからと、思い切って廃棄できないものです。

捨てるの2つの意味

「捨てる」には2つの意味があると著者は言います。

  1. 本当に捨てること
  2. 頭のなかから消すこと

しかし、完全に抹消してしまっては、その情報に触れた意味がありません。いつか活用したい情報なのであれば、必要なときに思い出すための工夫も必要です。

不要なものはどんどん捨てましょうと言います。

そうして残ったものには価値がある可能性があるとも。

使うための捨て方を

この本ではそうした、私なりの情報の集め方、選び方、そして、いつか使うための捨て方をまとめました。

本書のユニークネスはここにあるように「使うための捨て方」にあります。

やりたいことをするために、不要なものは情報であれ、人であれ、切り捨てていく勇気を持たなくては、楽しい人生は送れないのです。

大量情報により窒息しないためのたったひとつの方法とは「捨てる勇気を持つ」ことです。

場面によってひとごとぶった斬る。

情報化社会とはかくも過激である。

泳ぎ切ることがあなたはできるか。

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