柄谷行人「思想的地震」類まれなる批評家の遺産後継者は未だ現れない

投稿日:2017-08-25 更新日:

三冊目の講演集が出た⇒

柄谷行人氏の1995年から2015年までの講演集成を読み終わる。

満足度100%

ここには11にも及ぶ講演の記録が収められています。

文学にこだわり続けた講演もあれば
文学を離れざるを得ない講演もある
  1. 地震とカント
  2. 他者としての物
  3. 近代文学の終わり
  4. 日本精神分析再考
  5. 都市プランニングとユートピア主義を再考する
  6. 日本人はなぜデモをしないのか
  7. 秋幸または幸徳秋水
  8. 帝国の周辺と亜周辺
  9. 「哲学の起源」とひまわり革命
  10. 山人と山姥
  11. 移動と批評ートランスクリティーク

端的に言って、これまでの柄谷の著作を読んでいない人がこの講演集を読むことは少しばかり理解が進まないところがあると思います。

が、彼の著作に触れてきた者には新たな発見がいくつもあることでしょう。

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思想的地震というタイトル

本書に収録したのは、自身が読んで、よしと思ったものだけである。

ゆえに抜群に面白い。

そして、選んだものを見ると、そこに一つの主題が貫かれていることに気づいた。そして、それは「地震とカント」という講演に開示されていたものであった。

柄谷は阪神大震災に震撼し、この地震がもたらした諸問題が思わぬ形で回帰することになる16年後の東日本大震災にも大きく影響を受けることとなる。

その他の講演も、何らかのかたちで「地震」とつながっている。その意味で、私は本書を「思想的地震」と銘打つことにしたのである。

メモ

柄谷は阪神大震災と同程度にオウム真理教事件にも震撼した。1995年に起こった2つの出来事について多大なる影響を受けた人物がもう一人いる。村上春樹だ。両名とも阪神間の出身であることを割り引いたとしても、この2つの出来事になぜ異常なまでの執着を示すのかは謎である。ちなみに、この二人の「物書き」だけが私の読書遍歴の終身伴走者である。つまり彼らの熱狂的なファンなのです。

オネスティー

柄谷行人の理論的仕事を実証主義的立場から批判する者は後を絶たない。

が、そもそも彼は「彼の思想」を語るために広義の批評的スタイルを採択しているのだから見当違いも甚だしいと言わねばならない。

厳密性が希求される学術論文を生産しているわけではないからだ。

少なくとも柄谷の紡ぐ言葉の群れが作り出す思考のダイナミズムやしなやかさを彼を批判する連中の文章からは一滴たりとも感じとることができない。

私が彼の著作を好んで読むのは、彼が書く内容や結論に必然性があるからに他ならない。

柄谷は自分が実感している事柄だけを「問題」として捉え、それをとことん掘り下げる。

ゆえに、そこには「オネスティー」しかない。

どうして「この問題」に拘るのかの必然的理由の上に毅然と仁王立ちし、論が展開されるからだ。

そのために、ひとつひとつの言葉が実体を伴い、こちらに刺さってくる。

メモ

ある意味「美文家」である柄谷行人は小林秀雄と同様に「銭の取れる文章」を書ける「売文家」でもある。優れた思想家はすべからく「売文家」の側面を必然的に持つと言える。

そろそろ柄谷の正統なる遺産後継者が出てきても良さそうなものなのだが、我々は未だ持ち得ない不幸の中に今も佇んでいる。

現在我々の佇む場所が思想的廃墟であるとは口が裂けても言えないことは周知の事実であろうか。

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