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現役人事部長の 雑記blog

チャンドラーに関する思い出のようなもの

投稿日:2016-11-29 更新日:

 

チャンドラーに関する極私的思い出⇒

昔々のお噺し。

近くの大学の学園祭を訪ねることに決まったはいいが、利便性豊な交通手段などなかったために歩きで行くこととなった。

山の上に在ったことと向かい風が半端ではなかった理由から、地面を睨みつけながら我々はひたすらに上り坂を歩き続けた。

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学祭を覗く

苦労して到着すると、アイドルのミニコンサートがあと小一時間ばかりで始るらしい。

時間をどこかでつぶさねばならぬ都合上、教室を覗いてみることになった。

そのひとつに現代文学に関する討論会が開かれんとする部屋がある。

嫌な予感がしたが、まあとりあえず座ろうと各々が空いている席についた。

出るに出れず

案の定とはこの事で、薄ら寒い言葉が飛び交い始め、進展する気配もない。

馬鹿らしくなって出入り口の方を見やるとさっさと退出する(した)連れの顔。

自分もそろそろと思ったその矢先、隣にいたその学校の教師が発表をはじめてしまった。

出るタイミングを失い仕方なく聞いているふりをした。

チャンドラーの文章は

ひと通りしゃべり終えてしまうと今度はわたしの方に顔を向けて話しかけてくる。

無視するわけにもいかず、付き合う羽目となった。

英語圏の文学が専攻のようでチャンドラーの話になった。

その頃、偶然にも清水氏の名訳に没入していたのであるが、英文にまで手は廻っていなかった。

相手は「チャンドラーの文章は本当に勉強になります」と、ひとりで言語学的な解説を始める始末。

しかしながら、わたしはできれば必要最低限の原書に当たり、あとは避けて通りたいタイプだったので曖昧な頷きだけを繰返すしかなかった。

壁にあたる

そのうちしゃべり疲れたのか主催者側が教員にだけ配っていた弁当に箸をつけ出した。

が、黙々と口に運ぶその集中ぶりに呆気にとられ、ここが潮時と席を蹴った。

外に出ると先に退出した仲間たちが所在なげに煙を吹かしている。

聞けば、あまりに風が強いために予定時間よりも早くミニコンサートは切り上げられたというのだ。

その夜、帰りに勢いで買ったペーパーバックを自室で読み進んでいる最中に突然腹立たしくなり、それを壁にむかって力いっぱい投げつけたのをいまでも覚えている。

さらば愛しき書物よ

チャンドラーを原書で読んだのは「Farewell  My  Lovely」、ただ一冊である。

それは結局のところ「勉強」にはならなかったと思う。

なぜなら、清水俊二訳を先行して読んでいたせいだ。

アルファベットに眼を走らせながらも、頭の中では清水訳が分泌する匂いのようなものをわたしは我知らず追っていたのである。

あの″弁当″教師の言わんとした、言語的″差異″などやはり嗅ぎ取れずじまいであった。

「勉強」とは程遠い時間がまとまって通り過ぎた。

そのような時間を経て、世の中におけるいろいろな″差異″が分かるようになった。

あの教師は今も「勉強」を続けているのだろうか、続けているんだろうなぁ。

Farewell, Our Hard heads.

水たまりの一滴

村上春樹訳も後年、読みましたが、こちらも良かったです。

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