文章を読む理由、ブログを書くためにあらためて少しばかり考えてみる

投稿日:2017-02-10 更新日:

 

文章を読む理由⇒

私が文章を読む理由は次の4つです。

  • 新しい情報を獲得したい
  • 物語世界に没入したい
  • 素敵な言葉に出会いたい
  • 文章の佇まいを味わいたい

この4つだけを欲している。

そのために、毎日毎日飽きることもなく文章を求めている。

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新しい情報を獲得したい

知識を増やし、知恵を出すために、知らないことを知る必要があります。

アウトプットのためのインプット。

純粋な知的欲求というやつも少なからずあるでしょう。

世の中にキャッチアップし、自分の頭をバージョンアップするために、最新や基礎に触れることが大事であるはず。

馴染みの分野も新規のフィールドも関係なく、ただただ貪欲に捕食に走る。

物語世界に没入したい

現実から逃避したいわけでもなく、空想癖が進行しているわけでもなく、直球勝負で物語が好き。

長編だろうが短編だろうが国内だろうが海外だろうが、物語を希求している。

時間を忘れる楽しさは、何ものにも代え難い。

ゆえに、そのようなストーリーテラーを神と崇める。

われは文学教の従順なる信者なり。

素敵な言葉に出会いたい

映画で言うショットのように、文章の平原に突然落ちてくる雷の如きフレーズ。

このようなキラーパスに、小説だろうと批評だろうと、どこかでひそやかに期待している。

実際そうなれば、

多くの場合、われわれは置き去りにされる。

我々自身に。

文章の佇まいを味わいたい

40歳をすぎる頃から、内容よりも文章そのものを堪能したいという欲が強くなってきた。

それは、個性的な文体を探し求めるということとは違う。

たとえば、法律の条文などは、時折、とんでもなく艶を持っていることがあります。

そのような文章の佇まいをお見かけしたいなと、切に願っているのです。

たとえば、「1Q84」の牛河の章におけるあの密度の濃い言葉の共鳴を目の当たりにする時、目眩は避けれません。

書くことへの応用

文章を読む理由が明確であるのならば、読まれる文章を紡ぐことは、もっと効果的にできるはずだと思うのです。

が、話はいつもそんなに簡単ではありません。

ブログを書きながら、読んでもらうための文章を、そのような文章だけを、喉から出た手が掴もうとしているのに、見事にするりとその手からすり抜けていきます。

どうしてなんだろう。

元々から井戸は枯れているならば、デッドエンドなので、そうでないと信じつつ。

読むことと書くことの絶望的な距離のおかげなんだろうか。

水たまりの一滴

どうしてなんだろう。

 

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