孤独感と無縁な「孤独のグルメ」をこれからも自由のために見続けていきたい

投稿日:2017-01-03 更新日:

 

孤独のグルメが帰ってきた⇒

2017新春スペシャルをみた。

相変わらずの五郎が帰ってきた。

よく働き、よく食べる。

正月から元気が出ました。

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井之頭五郎

輸入雑貨のブローカーである井之頭五郎がほぼ飯を食べるだけで構成されるこのドラマは、視聴者の大きな支持を得て、シーズン5まで放映されているテレビ東京の人気番組です。

人気漫画が原作の実写化であるが、実に面白い。

はまらない人にははまらないかもしれないが、来る人にはキターーーーーーーーー!となる。

主演の松重豊さんがとんでもなくいい。

その食いっぷりは、ほんとうに神々しいかぎりだ。

何がいいって、彼は唇で食べる。

説明がわかりづらいですね。

薄い唇で食べ物をまず受けるので、そのときに摩擦音が生じる。

その音が実に食欲をそそる。

また、彼は、食べ方が実にきれいである。

ギャル曽根さんもそうだが、食べ方がきれいなので、見ていて気持ちがいい。

ジャンル

現在、シーズン5を終了し、時おりスペシャルが単発で放映されてきた。

紹介されたその内容は次のような区分けも可能である。

  • 白飯が登場とそれ以外
  • 料理が肉類とそれ以外
  • ロケ場所が都内とそれ以外
  • ロケ場所が日本とそれ以外

白飯のおかずを中心にオーダーが組まれるのだが、時おり白飯が出てこない場合もある。

さびしい。

できれば、白飯をうまそうに頬張るあの顔がほしい。

 

肉類が多くなってきた。

焼肉が結構な頻度で登場する。

松重豊氏のチョイスなのだろうか。

 

都内の飲食店が大半であるが、たまに出張してご当地料理に舌鼓が、ある。

趣があって、いい感じ。

 

海外ロケがではじめてきた。

うーんグローバル。

とりあえずアジア圏からのようです。

なんだか気になる回

気になった回をシーズンごとにご紹介します。

わたしが一番好きなのは、シーズン1です。

シーズン1 第四話 浦安の静岡おでん

シーズン1はバラエティーに富んでいて、何気ない昼飯をピックアップしている。

このようなフツー感が結構好きでした。

そのなかでも、圧倒的なフツー感が出ていたのが、この回。

脱帽。

シーズン2 第九話 江東区砂町銀座を経て事務所飯

これは、漫画でもやっていた番外編的な趣向でした。

お店ではなく、事務所で食べるために商店街の幾つかの店からおかずを買い漁ります。

楽しそう、美味しそう。

シーズン3 第七話 目黒区駒場東大前のマッシュルームガーリック

鰻屋でたくさん頼んでいた回のときも驚いたが、この回はそれ以上に驚いた。

どんだけ食うねん、オッサン。

ほんとよく召し上がる。

アイアンストマック。

シーズン4 第十話 江東区枝川のハムエッグ定食とカツ皿

営業時代を思い出した。

なんでもありの定食屋が懐かしい。

常連の巣窟であり、勝手がわからないところがある古びた店は、他の客が食っている料理を頼むとまずハズレがない。

わたしはいつもそうしていました。

2017年のスペシャルに少しだけ出てきます、この店。

シーズン5 第一話 川崎市稲田堤のガーリックハラミとサンギョプサル

ほんと焼肉好きだなあ。

どの回も見ているだけで、涎が出ますが、この回は格別です。

肉を単純に食らいつきたくなる。

高校生のときの思い出

その昔、高校生の頃、食欲のないときに、「彼」の姿を探したものです。

彼は、親しい友人ではなかったのですが、実にうまそうに飯を食うのです。

芸術的です。

学食で、運良く彼が食べるところを盗み見できる席を確保したときは、なんだかお腹がすこしだけ減ったような気がしたものです。

このドラマをみるといつもあの頃のことが思い出されます。

つられ笑いと同様に、うまそうに食べる人間の食いっぷりをみていると、こちらも箸がススムくんなのです。

孤独感と無縁な孤独のグルメ

このドラマをみていると、ひと頃学生の間で問題となったぼっち飯のことが頭をよぎります。

一人で食べるところをみられたくないために、食事をしない、もしくはものを食べる場所以外で食事を済ますという、およそ想像の埒外の行為が広く当たり前に行われている(た)という社会現象のひとつです。

アリえない。

初めて聞いたときは、ここまできたかと口が開きました。

今も尚、根本的な解決や解消はなされていないのでしょう。

けれども、このドラマをみていると、ひとりで飯を食べることは極めて普通のことで、むしろ一人で食べたいんだというポジティブな発信がなされています。

世の中にはびこる固定観念(偏見)を打ち破るためにも、五郎さんにはこれからも我が道を行ってほしいものです。

わたしは、以前にものを食べることの悲しみについてエントリーしたことがあります。

 

ものを食べることの拭い難い悲しみについて

今回の記事を書いていて気づいたのですが、ものを食べることの悲しみは、ひとりで食べているから悲しみが露呈するのではないということが、あらためて理解できました。

五郎は悲しみから限りなく遠い存在として描かれています。

孤独感と全く無縁な孤独のグルメは、もっともっと自由で、自分勝手でいいんだということを、我々に生理的レベルで訴えかけてきます。

いい作品です、未見の方はぜひご覧ください。

 

水たまりの一滴

シーズン6始まるようです。超絶楽しみ。

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