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現役人事部長の 雑記blog

AIと正社員、あなたはもう将棋の駒になれないかもしれない

投稿日:2017-02-12 更新日:

 

本当に面白い⇒

大内伸哉氏の「AI時代の働き方と法」を読み終えて、いろんなことが頭を巡っている。

名著は次から次と示唆を与え、考えることを促す。

正社員制度の崩壊はこれからの数年で間違いなく加速します。

正社員とは将棋の駒なんです。

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正社員という存在

正社員制度が存在する、その必要性のひとつに「職場転換を可能にする」があります。

欧米の企業であれば、「仕事に人を就けている」ために、職場の転換はできません。

転勤なんてもってのほか。

単身赴任はオーマイガッ!

経理業務に従事する必要があって雇用した労働者を会社の必要から営業部署に異動させることはできません。

しかしながら、日本の企業内であれば、これはごく普通の光景です。

なぜなら、総合的に業務を遂行することを前提とした総合職正社員であるからです。

大内氏は言います。

日本の企業に、正社員という長期雇用の人材がいるのは、こうした企業内での再配置をするのに、好都合だったし、むしろ、こうした再配置を可能とするために、正社員という存在を設けているともいえた。

ゆえに、必要に応じて部署異動した際に戦力として貢献できることを目的とし、企業内教育をせっせと実施しているのです。

オールマイティーであることを望まれる正社員という存在はさしずめ、将棋の駒なのです。

駒?

将棋とチェス

欧米と日本の文化の違いなどを説明する際に、しばしばチェスと将棋の比較が持ち出されます。

チェスは相手の駒を再利用できませんが、将棋は可能であることがよく指摘され、これにより将棋はゲーム自体に複雑性と豊穣性が増していると言われたりもします。

このことは、もう少しばかり整理すると次のような仮説に突き当たります。

将棋にはリプレイス(再配置)の思想がある。

チェスの場合、盤上においては決められたルールに従い、駒は動きます。

これは、将棋も同じです。

駒は、進めるところにしか進むことができません。

当たり前ですね。

しかしながら、将棋の場合はそのような縛りから解放されて動くことのできる駒があります。

そう、相手からとった駒です。

この駒は、盤上の上であればどこに置こうと、指手の自由です。

ここに、リプレイスの思想が見て取れます。

すなわち、チェスの場合であれば、固定的、連続的な動きであるのが、将棋の場合であれば、すべての駒とはいいませんが、柔軟性と非連続性が実現されているわけです。

明らかな違いは、駒に対する絶対的な信頼性とそれゆえの硬直性のあるなしでしょうか。

チェスの場合、代替の発想はあらかじめ禁じられています。

その駒でないとだめなんだという頑強な信念が感じられます。

一方、将棋の場合は、使えるものはなんでも使う、やりくりの執着や執念が底に流れているかのようです。

人材の再配置

もちろん、すべての業務を器用にこなす労働者ばかりで企業は構成されているわけではありません。

が、このような再配置可能な性格を正社員は求められ続け、またその期待に一定程度答えてきました。

技術の発達は必然的に衰退する部門と成長する部門をうみだし、それに対応するために、人材を衰退部門から成長部門に移行させていくことも必要となる。これが「人材の再配置」だ。

このことにより、解雇が制限されてきたことは事実です。

これは日本の企業の知恵であるはずです。

そのために、チェスの駒ではなく、将棋の駒でなければ、ならなかったのです。

適材適所とと金

このような意味から。「適材適所」という言葉を眺めてみると「なるほど」と思い当たるフシがあります。

適材適所という言葉が成立する前提は、いろんな場所に当て嵌める可能性が存するということです。

様々な仕事の中で、この仕事こそが十二分なパフォーマンスが出ましたねが、適材適所です。

あらかじめ仕事が固定的であるのならば、そのような物言いはしないはずです。

あらかじめ決まった仕事において、傑出した成果をうみだす場合は、天職と呼ばれるはずです。

また、将棋の「と金」も興味深いです。

一兵卒から、いろんなことがありながら前進に前進を重ね、敵陣深く潜り込み、「金」に昇格する。

ここにも、硬直性から遠い、柔軟性と代替性が見て取れると言えるでしょう。

正社員の崩壊

今、働き方改革が推進されるなか、企業において正社員を雇用するメリットが急激に喪失しようとしています。

大きな流れとして、あまりに激しい技術革新が、正社員の再配置を無効化しようとしています。

もはや、専門性の習得が追いつかないのです。

と同時に、AIの脅威が忍び寄ります。

AIにリプレイス(入れ替え)されてしまうという現実はすぐそこまで来ています。

正社員の必要性が喪失するということは、企業内教育の必然性が限りなく希薄化するということです。

であるならば、これからの労働市場で生き残るために、自らの手で自らをバージョンアップさせることが必須となります。

働き方改革とは、なによりも自己改革です。

長時間労働の削減に代表されるワーク・ライフ・バランスの実現は必要最低条件です。

一刻も早く、自らの労働観をリプレイス(置き換える)しなければなりません。

 

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2017年は労働維新元年です。

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