ノウハウが通用しない現場を突破するための対話の力
埼玉大学で教鞭をとる経営学者の宇田川元一氏は本書の中で次のように言います。
組織とはそもそも「関係性」だからです。
あなたが所属し、関係する組織というものは、モノとして存在しているわけではもちろんありません。
誰も「それ自体」として見たことがないものです。
組織の実質とは、実は私たちを動かしている関係性そのものなのです。
ある種の組織論である本書は、組織を関係性からとらえ直します。
したがって、
組織が抱える課題(難題)にアプローチするためには、著者の提唱する「対話」が不可欠となります。
なぜなら、
対話とは、一言で言うと「新しい関係性を構築すること」です。
別の言葉で言い換えるならば、
対話とは、権限や立場と関係なく誰にでも、自分の中に相手を見出すこと、相手の中に自分を見出すことで、双方向にお互いを受け入れ合っていくことを意味します。
組織の課題を「関係性」から解きほぐし、「対話」に新しい光を当てる本書は示唆に富む組織論であると言えるでしょう。
- 組織問題で悩んでいるマネージャー
- ぎすぎすした職場で働く人
- 打つ手がない人事関係者
本書の構成について
本書は全部で7章から構成されています。
- 組織の厄介な問題は「合理的」に起きている
- ナラティヴの溝を渡るための4つのプロセス
- 実践1.総論賛成・各論反対の溝に挑む
- 実践2.正論の届かない溝に挑む
- 実践3.権力が生み出す溝に挑む
- 対話を阻む5つの罠
- ナラティヴの限界の先にあるもの
技術的問題と適応課題
組織の問題とは、基本的に「適応課題」となります。
「適応課題」ってなに?
技術的問題と適応課題について、
リーダーシップ論の権威であるロナルド・ハイフェッツ教授は次のように定義しています。
- 技術的問題(既存の方法で解決できる問題)
- 適応課題(既存の方法で一方的に解決ができない複雑で困難な問題)
これだけ知識や技術があふれている世の中ですから、技術的問題は、多少のリソースがあれば、なんとかできることがほとんどです。つまり、私たちの社会が抱えたままこじらせている問題の多くは、「適応課題」であるということです。
適応課題の4つのタイプ
適応課題には次の4つのタイプが存在します。
- ギャップ型
- 対立型
- 抑圧型
- 回避型
もう少し詳しく言うと、
- 大切にしている「価値観」と実際の「行動」にギャップが生じるケース
- 互いの「コミットメント」が対立するケース
- 「言いにくいことを言わない」ケース
- 痛みや恐れを伴う本質的な問題を回避するために、逃げたり別の行動にすり替えたりするケース
4つのどれもが、人と人、組織と組織の「関係性」の中で生じている難題なのです。
ナラティヴとは
著者が言う「対話」には「ナラティヴ」が非常に重要です。
ナラティヴとはなんでしょうか?
ナラティヴとは、物語、つまりその語りを生み出す解釈の枠組みのことです。
たとえば、
ビジネスにおける「専門性」や「職業倫理」や「組織文化」などに基づいた解釈にあたります。
別の言葉で言うと、
視点の違いにとどまらず、その人たちが置かれている環境における「一般常識」のようなものなのです。
解釈の枠組み、つまり考え方の土台が、こちらと相手で異なっているのならば、当然同じものを見ていても違う解釈が成立していることになります。
こちら側のナラティヴからすれば、相手が間違って見え、相手側のナラティヴからすれば、こちらが間違って見える。
こちらとあちらのナラティヴに溝があることを見つけ、溝に橋を架ける行為。
すなわち、
それが「対話」に他なりません。
溝に橋を架けるための4つのプロセス
溝に橋を架ける、すなわち対話には次の4つのプロセスがあります。
- 準備(溝に気づく)
- 観察(溝の向こうを眺める)
- 解釈(溝を渡り橋を設計する)
- 介入 (溝に橋を架ける)
準備とは
- 自分から見える景色を疑う
- あたりを見回す
- 溝があることに気づく
観察とは
- 相手の溝と向き合う
- 対岸の相手の振る舞いをよく見る
- 相手を取り巻く対岸の状況をよく見る
解釈とは
- 溝を越え、対岸に渡る
- 対岸からこちらの岸をよく見る
- 橋を架けるポイントを探して設計する
介入とは
- 橋を架ける
- 橋を往復して検証する
- 橋を補強したり、新しい橋を架ける
橋を架ける際に、頭の片隅におかなければならないのは次の言葉です。「個人とは個人と個人の環境によって作られている(オルテガ)」。ある哲学者の言葉です。本文中で引用されていました。あなたとあなた以外という捉え方をしている限り、そこで行き止まりということなのでしょう。
対話を阻む5つの罠とは
対話を進めるうちに、実は陥りやすい罠というものも同時に発生しています。
対話をしていると思っていても、対話になっていない状態に知らず知らずのうちに陥っているかもしれないのです。
次の5つが典型例となります。
5つの罠
- 気がつくと迎合になっている
- 相手への押しつけになっている
- 相手と馴れ合いになる
- 他の集団から孤立する
- 結果が出ずに徒労感に支配される
協調的な第三の道へ
相手を変えようとすればするほど、相手との溝が深まっていく経験はあなたにもあるはずです。
お互いがお互いのナラティヴの中で正しいと信じていることをぶつけ合っているうちは溝は埋まりませんし、越えることも不可能でしょう。
このような時にあなたに求められているのは、
相手に相手のナラティヴを捨て去ることを求めるのではなく、相手のナラティヴをよく観察した上で、相手がよりよい実践ができるように支援していくことが何よりも大切なのです。
支援とはなにか?
著者は言います。
自分の考えか、それとも相手の考えか、という対立関係ではなく、自分も他者も両方が生きられる関係を構築していくことを目指すのです。
先に触れた哲学者オルテガの言葉を思い出してみてください。
個人とは個人と個人の環境によって作られている
この意味において、あなたの一部は相手であり、相手の一部はあなたなのです。
あなたと相手という二項対立を発展的に解消する第三の道が、あなた自身と相手を生かす振る舞いであることは、今更言うまでもないでしょう。
その現実的な鍵こそが対話なのです。そのことを伝えたくてこの本を書きました。
硬直した組織、すなわちあなたをめぐる硬直した関係性にメスを入れたいのであれば、ぜひ本書を手に取ってみることをお勧めします。
さらに学びたい方への文献リスト
本書の巻末に文献リスト(全5冊)が紹介されていました。
ご参考までに、以下に記載しておきます。