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当たり前という意識は要注意!学生気分と社会人意識の間の深い溝

新入社員のあたなに伝えたい、当たり前の違いについて

中間管理職
学生と社会人の違いは?

このような質問を受けたことがある新入社員はすくなくないはずです。

パドー
あなたはどうでしょうか?

答えのなかでの定番のひとつに、

学生はお金を払って教えてもらい、社会人はお金をもらって教えてもらう。従って、君たちは・・・

というものがあります。

パドー
聞いたことがあるでしょう。

これは、学生と社会人の立場の違いを簡潔に表すひとつの見識だと思います。

これと少しばかり似てはいますが、

学生気分と社会人意識の決定的な違いを問われたときに、あなたならどう答えますか?

私の答えは、

「当たり前」に対する意識の違いとなります。

もう少し詳しく言うと、

ある行為に対して、

「やってもらって当たり前」

と捉えるか

「やって当たり前」

と捉えるかの違いです。

当たり前の違い
  • 相手にやってもらって当たり前
  • 自分がやって当たり前

するのか、してもらうのかで大違い

間違ってほしくないのは、

新人だから、何もかも自分から進んでやるべきだという精神論のような押し付けが、ここでは展開されているわけではないということです。

そうではなく、

業務遂行にあたって、当事者意識を持てているのかいないのかが、今まさに問われていると考えてください。

やってもらって当たり前

やってもらって当たり前のスタンスが能動性と程遠いのは言うまでもありまん。

やってもらったあとに感謝の気持が示されるのかもどうかも正直あやしいところです。

なによりも問題なのは、

外部からの働きかけがない限り、なんらのアクションが発生する見込みがないという無責任な態度の継続でしょう。

やらないことの「罪」が横たわるばかりです。

やって当たり前

やって当たり前のスタンスには、他責の入り込む余地はいささかもありません。

すべては自分発信であり、結果としてプロセスの主導権をキープし続けます。

あらゆる機会を成長機会とみる健全な意欲がそこにはあります。

前に出ようという意志は確実に前向きな結果を呼び寄せることでしょう。

特別な存在
学生の中にもここで言う「社会人意識」を持っている方はたくさんおられます。すべての学生が「学生気分」が抜けきらないと言っているわけではありません。その逆に、社会人経験が豊富であるにも関わらず以前として「学生気分」に支配されている社会人も悲しいぐらいたくさんいます。

前に進むために

  • 教えてもらって当たり前
  • 向こうから連絡があって当たり前
  • 一緒にやってもらって当たり前

  • まずは自分で考えてみるが当たり前
  • こちらから確認するのが当たり前
  • 協力を要請し、援助を得られれば感謝するのが当たり前

の間には天と地ほどの開きがあります。

ほんの少しばかりのスタンスの違いがあなたを全く異なる結果へと導くのです。

多くの学生にとって、

小学校から大学までの間、授業(講義)に出席(参加)することは、授業(講義)を受けることと同義であるはずです。

受動的な態度を知らず識らずのうちに求められてしまった歴史がそこにはあります。

それがあなたを縛り続けているようです。

長期的・継続的なこのような習慣化の末路が「やってもらって当たり前」に強固に結びついているのでしょう。

したがって、

一刻も早く、そのような受動的・消極的姿勢を脱ぎ捨てましょう。

意識的に抗う必要があります。

「学生気分」から「社会人意識」に一刻も早く着替えるのです。

あなたに求められているのは、

あなたの成長機会の糧となる「やって当たり前」のスタンスにほかなりません。

自身が「やって当たり前」を日常業務において「当たり前化」できたとき、あなたの仕事力は格段に飛躍するでしょう。
危険な罠
受動性がビジネスシーンに大敵であることは今さら言うまでもないでしょう。やってもらって当たり前の気持ちは容易に相手の行為に対する判断(評価)のハードルを上げてしまいます。「何だこの程度か」「もっと早くやれよ」など感謝の気持ちの入り込む余地を与えません。感謝の心のないところにビジネスは成立しないのです。