格差対策は本当に正しい方向へ進んでいるのか?
神戸大学大学院で教鞭をとる大内伸哉氏は、正社員と非正社員の賃金格差の是非や同一労働同一賃金という法原則の存否について長きにわたり理論的な検討をされてきました。
本書はそれらの検討をより発展させた内容となっています。
本書は、これをさらに展開して、非正社員を、日本型雇用システムのなかでの正社員を守るために要請されたものと位置づけたうえで、正社員と非正社員の間の格差の問題をより深く検討しようとするものである。
特徴的なのは、
非正社員を日本型雇用システムのなかの構成要素と位置づけたうえで、改革のための法政策の方向性を検討したところにあります。
特に、教育訓練格差に注目し、論を展開されています。
そもそも非正社員の真の問題は、目先の正社員化や賃金の是正ではなく、教育訓練格差がもたらす将来的な技能格差にどう手を付けて、社会的亀裂が生じないようにするかにあった。
この問題に対するアプローチは一筋縄ではいきません。
なぜなら、政府が企業に対して、正社員化を推し進めようとしても、企業には正社員化にあたっての企業論理が存在するからです。
それは、
将来にわたり人材育成の対象であると企業が認めた者を正社員と論理です。
したがって、
強制的な契約関係の設定はお互いに不幸な結果を招いてしまうことは自明であると言えます。
非自発型非正社員をなくすという非正社員革命の力点は、雇用政策ではなく、非正社員になりたくない人が、非正社員にならなくてすむようにするための教育政策に置かれるべきである。
このような教育訓練格差に加えて、あらたに「デジタルデバイド」という格差問題が浮上していると強く指摘します。
現在の格差問題(非正社員問題)は時限的なものにすぎない(だからといって無視してよいというわけではないが)と認識し、新たな格差問題(デジタルデバイド)に目を向けて、それができるだけ生じないようにすることに政策エネルギーを傾注することが必要である。
格差問題は、働くすべての人にとって他人事ではありません。
このような意味から、本書を手に取り、問題意識を持つことは非常に意味あることだと思われます。
著者は、日本型雇用システムの要請から、正社員と非正社員に格差が生じている(た)ことを盲目的に否定しません。なぜなら、法的にも社会的にも当然に不当というわけではないからです。戦後から最近まで特に大きな問題が生じることなく機能してきた現日本型雇用システムの歴史的有効性を必要以上に悪者扱いすることは、問題点を見えなくするという冷静な立場を貫かれています。著者のこのような態度が直ちに格差擁護であると決めつける性急で偏った暴論とはどこまでも無縁であるのです。
- 現在働いている人
- これから働こうとする人
- 人事部
特に法的側面から正社員と非正社員の問題を交通整理したい人事パーソンには役立つ一冊となります。
本書の構成について
本書は、終章を含め全部で9章から構成されています。
- 非正社員とは何か?
- 非正社員の実相
- 私的自治尊重の時代
- 消極的介入の時代
- 積極的介入の時
- 採用の自由はどこまで制約してよいのか?
- 法は契約内容にどこまで介入してよいのか?
- 消える非正社員
- ポスト日本雇用システムの格差
各章の最後に「小括」が設けられているために(終章は除く)、要旨が非常につかみやすいです。
真の格差問題とは
繰り返しになりますが、
本書は非正社員の現在の格差対策について警鐘を鳴らすと同時に、より深刻な問題はほかにあるのだと主張します。
非正社員の問題の本質は、良好な教育訓練機会を得ることができず、正社員への再チャレンジも難しいという現実が社会的亀裂をもたらし、社会的公正性を害することにある。
日本型雇用システムにおける正社員の地位のエッセンスと著者が位置づける「人材教育」は、OJT、OFFJTを含めた広い意味での教育(訓練)を意味しています。
より深刻な問題とは、デジタルデバイドです。
正社員という存在そのものが消え去る可能性のあるこれからの社会においては、教育機会そのものが希薄化してしまう危険性が高まっています。
なぜななら、少子高齢化や第四次産業革命の到来によって、正社員と非正社員の格差が相対化されてしまうからです。
第4次産業革命とは、18世紀末以降の水力や蒸気機関による工場の機械化である第1次産業革命、20世紀初頭の分業に基づく電力を用いた大量生産である第2次産業革命、1970年代初頭からの電子工学や情報技術を用いた一層のオートメーション化である第3次産業革命に続く、IoT及びビッグデータ、AIに代表されるいくつかのコアとなる技術革新を指す(内閣府より引用)。
相対化の果てには、正社員という身分そのものの消滅が必然的に待っています。
であるならば、
教育機会の有無の影響下にあった社会的公正性は、誰もが望まない形で、ある意味確保されてしまうことになると言えるでしょう。
ゆえに、著者はその先の新たな格差問題に視線を注ぎこむこととなるのです。
そうなると、正社員と非正社員との間の格差といった非正社員問題は姿を消し、新たな別の格差問題が生まれてくる。それがデジタルデバイドである。これからの政策課題は、デジタルデバイドの発生をいかにして回避するかという、(事後処理型ではなく)事前予防型でなければならない。
このような新たな格差問題についても、当然に「教育」の重要性は無視できません。
しかしながら、
この種の「教育」は企業というよりも国家が正面から対応しなければならない「問題」に他ならないのです。