既存の働き方の枠組みを抜本的に変えなければいけない
八代尚宏氏は言います。
働き方改革は、個々の企業で労使の合意を通じて進めることが基本である。政府ができることは、企業が多様な働き方が可能な人事制度へと移行することを側面から支援することである。このためには、過去の働き方を暗黙の前提として形成された法律・規制や、労働市場を取り巻く様々な制度の改革が求められている。
求められているもののひとつに、解雇規制の緩和があります。
企業競争力の向上のためには、良質な労働力の確保維持につながる組織的新陳代謝は不可欠でしょう。
個人が自由に働く場所を選択できる自由は、企業が必要な労働力を確保できる自由と表裏一体のはずに違いありません。
- 人事部
- 経営層
本書の構成について
本書は全部で7章から構成されています。
- 日本の労働市場の構造変化
- 解雇の金銭解決ルールはなぜ必要か
- 竜頭蛇尾の同一労働同一賃金改革
- 残業依存の働き方の改革
- 年齢差別としての定年退職制度
- 女性の活躍はなぜ進まないか
- 人事制度改革の方向
日本の労働市場の構造変化
日本経済の成長を抑制する長期的な要因として労働力の供給の制約が大きいことを著者は指摘します。
労働力の増加とその質の向上は、労働力と補完的な資本の生産性を高め投資を促進させる効果があることは見逃せません。
現在の労働市場の諸問題は、マクロ経済的な視点とミクロの制度的な側面との双方を合わせて検討すべきであるとその必要性を八代さんは訴えます。
解雇の金銭解決ルールはなぜ必要か
日本の解雇規制は厳しすぎるという論理は実は誤りであり、むしろ明確な規制がないことが大きな要因であると著者は説明します。
現状、不当な解雇に見舞われた労働者は裁判に訴えるしか手段がなく、そうしないと十分な救済を受ける可能性がほぼありません。
このために、裁判を起こせる労働者とそれ以外の労働者の間に、解雇補償の金額に大きな格差が生じているのです。
一方、企業においても、解雇コストの不透明性は正社員採用を抑制する無視できない条件のひとつとなっています。
解雇をめぐる個別労働紛争の公平な解決のためには、ある意味欧州主要国では一般的に導入されている解雇の金銭解決ルールの制定に倣うべきなのでしょう。
竜頭蛇尾の同一労働同一賃金改革
同一労働同一賃金実現のためには、非正社員よりもむしろ正社員の働き方の見直しが基本であるという立場に著者は立ちます。
地域・職種の限定等、多様な形態の正社員の働き方を設けることで、契約社員との格差を是正する必要があるのです。
残業依存の働き方の改革
罰則付きの法律で残業時間の上限を規制する法案ができたことを著者は高く評価します。
働き方の多様化を促進するためにテレワーク活用の重要性を認識したうえで、裁量労働の一種としての働き方の措置が必要であることも同時に主張しています。
2021年現在から2017年に刊行された本書の内容に触れるにつけ、著者の視野の広さと鋭さにあらためて敬服します。
年齢差別としての定年退職制度
60歳に定年という画一的な解雇制度を設けていることを「年齢による差別」であると著者は断言します。
その理由を欧米の職種別労働市場の実態に求めています。
特定の仕事をすることを前提に雇用されているために、それに見合った能力が発揮できないことが正当な解雇理由になります。
したがって、年齢は問われません。能力が問われます。
言い換えると、まだ十分に働ける能力があるのに、一定の年齢になったことだけを理由に解雇することは「差別」と言わざるを得ないのです。
欧米に倣い、定年制自体を廃止するしないの議論は、定年前の働き方をどのように改革すべきであるかという問題意識と地続きでなければならないのでしょう。
女性の活躍はなぜ進まないか
女性の活躍が進めば少子化がより進展するという、構造的な矛盾の解決は一筋縄ではいきません。
生むことのできる主体が女性であるという人類の生物的限界を社会的に解決できるのかを国家レベルで国民一人一人が直面しています。
企業のせい、政府のせいと言っている段階はもはや過ぎているのです。
活躍を望む者が等しくチャレンジできる社会基盤の整備を今ほど求められている時代はないのでしょう。
人事制度改革の方向
企業は、従来型の定期採用のジェネラリストと部局別採用のスペシャリストとのバランスを見直す必要性に迫られています。
誰にも分かりやすい労働時間ではなく成果に基づく働き方が増えると、それだけ人事評価の重要性が高まります。
それに伴い、よりよい評価のために時間とコストをかけざるを得なくなるのです。
人事評価の軸となる管理職の役割が一層重要になることは今さら言うまでもないでしょう。
この大きな権限をもつ人事部が変われば、日本の働き方を変えることができる。これが本書の大きなメッセージである。