藤田伸二の「騎手の一分」。かつて唯一名前で勝負できる男がいた

投稿日:2017-04-21 更新日:

 

2015年9月一人の騎手が引退した⇒

藤田伸二氏の「騎手の一分」を読んだ。

現役の頃の思い出は、馬券を邪魔してくれた思い出しかない。

ダンスインザダークを抜き去ったフサイチコンコルドのダービー。

エアグルーヴを抜き去ったシルクジャスティスの有馬記念。

いずれも天才武豊を買っていたので、紙くずにされてしまった。

直線の閃光だけがいまも鮮やかに目に浮かぶ。

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清々しい

だから、一人の騎手として「これだけは譲れない」ってことをまとめたのが、この「騎手の一分」というわけ。

言わなければならないことが過不足なく認めてあります。

そこに、清々しさがあります。

現役時代の風貌から、正直いい印象はあまりありませんでしたが、筋が通っていました。

俺はヤンチャなキャラで通っているけど、そういうところはキッチリしている。

清々しい書です。

フェアプレイの精神

俺の場合は、勝つための騎乗を大前提とした上で、とにかく「人の邪魔をしないこと」を第一に心掛けている。これは俺のモットーでもある。

命がかかっている、大金がかかっている、夢がかかっている、誇りがかかっている。

ゆえに、最善が尽くされる。

そのために「邪魔」は許されないのである。

乗り役の矜持

当たり前の話だけど、結局、1200メートルを1分12秒で走れる馬は、ケツから行こうがハナから行こうが、1分12秒で走れる能力を持っている。

このような経験に裏打ちされた科学的言辞が随所にちりばめられています。

ここは馬券を買う際の重要なヒントです。

たとえば、安藤さんがよく口にしていて、今でも俺の耳に強く残っているのが、「俺が走るんじゃなかいから」っていうこと。その言葉を思い出すと、それまで緊張していたのがウソのように落ち着くんだ。

安藤勝己というキャラが鮮烈に切り取られています。

肝の太さも尋常じゃないです。

流石、アンカツです。

「俺ら騎手はアーティストだぞ。競馬は自分の作品にしなくちゃいけない」田原さんの言葉は、今でも俺の心に強く刻まれている。

元祖天才、田原成貴。

不祥事を起こし競馬界を追われましたが、強烈に印象に残る騎手でした。

マヤノトップガンの有馬記念は本当に忘れられません。

馬の邪魔をしないことが、「カッコよさ」とか、「美しさ」につながると思うし、最終的には「強さ」を最大限引き出すためにも必要なことだと俺は信じている。

ここで語られているのは、紛れもなく機能美です。

必要性がスタイルを規定し、その純化が美にほかならないことが高らかに宣言されています。

アーティスト藤田伸二の真骨頂がここにあります。

個性的であることとフェアプレイの精神のいずれもが高次のレベルで実現している稀有な存在でした。

 

水たまりの一滴

ホッカイドウ競馬で復活するプランがあるそうです。ぜひ実現してほしいです。

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